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下侍塚古墳 発掘調査現地説明会 (12/14) 大田原市湯津上

12月14日に開催された下侍塚古墳の発掘調査現地説明会に参加した。上侍塚古墳の調査は10月で終了し、11月からは下侍塚古墳の調査が行われている。現地説明会の2日前の12日に、NHKの栃木NEWS WEBが『大田原 「侍塚古墳」東日本では珍しい埴輪の破片が複数出土』と「円筒埴輪」とみられる(突帯や透かし孔が確認できる)破片が複数出土したことを報じ、期待が高まった。下侍塚古墳は4世紀後半の築造とされていて、この時代の東日本の前方後方墳から円筒埴輪の出土はこれまで1例しか確認されていなかったとのこと。しかも、この埴輪片の出土が最初に発見したのは11月23日の発掘体験の体験者とのこと。羨ましい。

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S30西(くびれ部西)トレンチ
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S0西(後方部西)トレンチ
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NW(後方部北西)トレンチ
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E0北(後方部北)トレンチ
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S0東(後方部東)トレンチ
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出土遺物を展示しているテント
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国指定史跡 下侍塚古墳 (しもさむらいづかこふん)

墳形  前方後方墳、 全長 84.0m

後方部 長さ 48.0m、幅 48.0m、高さ 9.4m

前方部 長さ 36.0m、幅 36.0m、高さ 5.0m

下侍塚古墳は、那珂川右岸の段丘上に位置する前方後方墳で、那須地方の6基の前方後方墳のなかでは上侍塚古墳に次ぐ規模である。

本墳は、元禄5年(1692)、徳川光圀の命により小口村(那珂川町小口)の庄屋であった大金重貞らが上侍塚古墳とともに発掘調査を行なっている。鏡・ 鎧片・鉄刀片・大刀柄頭・土師器壺・同高坏などが出土したが、これらは、絵図にとるなど調査結果を記録したうえで松板の箱に収め、埋め戻している。

さらに墳丘の崩落を防ぐために松を植えるなどの保存整備も行なわれた。これら調査と調査後の遺跡の処置は、日本考古学史上特筆されるものである。

昭和50年には土地改良事業にともなう周濠調査が湯津上村教育委員会により行なわれた。その結果、古墳の規模、周濠の形状や葺石などが確認され、墳丘から崩落したと考えられる土師器壺などが出土している。

古墳の築造は、出土遺物や墳形の特徴などから4世紀末頃(古墳時代前期)と考えられている。

(昭和26年6月9日 国指定) 大田原市教育委員会

 

 

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