那珂川町なす風土記の丘資料館で開催中の令和6年度特別陳列「えと展ー巳を考古学するー」を鑑賞した。令和7年(2025年)の干支(えと)は巳年、 十干十二支(じっかんじゅうにし)は乙巳(きのとみ)。本展は、干支、十干、十二支の由来や、「巳」にちなんだ動物である「蛇」について、考古資料や歴史・自然資料のほか、民俗資料などから紹介する。




12月7日(土)より「特別陳列えと展―巳を考古学する―」が開催されます😀令和7年の干支・巳(ヘビ)に関する考古資料・民俗資料等を展示する予定です。ヘビ好きな方はもちろん、苦手な方もヘビの意外な一面を見つけることが出来るかもしれません🐍ぜひご来館ください! pic.twitter.com/il4nw1MzQ4
— 那珂川町なす風土記の丘資料館 (@nasu_fudoki) 2024年11月26日
梅曽大塚古墳 天井石

梅曽大塚古墳(うめぞおおつかこふん) 天井石
梅曽大塚古墳は箒川(ほうきがわ)右岸段丘上にある全長約50mの前方後円墳です。現在は水田となっています。調査の結果、前方部及び後円部の両方に横穴式石室を持つ特異な構造であることがわかりました。展示している大きな石は、この石室の天井にあったものと伝えられています。


那須街遺跡(なすかんがいせき)
那須街遺跡は、昭和42年土地改良に伴う事前の発掘調査で確認された古代那郡の郡役所跡です。耕作土の下から50棟を超える建物跡が規則的に並んで出土し、それらを区画する堀跡も確認されたことから西の原用水の西側を中心に約51,000mが昭和51年に国指定史跡となりました。
建物の多くは掘立柱式でしたが、地固めをした礎石式の建物もあり、何回も建て替えられていることも分かりました。最も大きい建物跡は正面約27m(6間)、側面約9m(2間)で礎石を使い瓦葺きで、柱間(柱と柱の間)は各々約4.5m(15尺)もありました(A地点)
屋根に瓦を言いた建物はこの1棟だけで、しかも朱塗りであったことなどから部役所の中では重要な役目をもった建物でした。この建物の東方(B地点)や北方(C地点)にも礎石を使った倉庫が建っていました。B地点の梅林の中には原位置を保つ礎石もあり、C地点付近からは「銅印」(国指定重要文化財)が出土しています。
上面幅約4m・深さ1.3mの堀に囲まれた東西約210m・南北約210mの内側は郡役所の倉庫院と推定され、郡役所跡の全体はさらに西の原用水の東側に大きく広がっています。
(国指定史跡 昭和51年6月7日)

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— 明治大学博物館(Meiji University Museum) (@meiji_museum) 2024年12月24日