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万蔵院台古墳群 日野市百草

大栗川左岸の多摩市と日野市の市境に立地する万蔵院台古墳群を探索した。

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万蔵院台2号墳?
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万蔵院台3号墳?
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倉沢里山を愛する会 会報「アリスの丘・風の丘ファーム」NEWS LETTER No.010(2001年9月).pdf - Google ドライブ

万蔵院台の庚申塔
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日野市指定有形民俗文化財 万蔵院台の庚申塔(四基)
平成21年9月17日指定

庚申信仰は「庚申の晩に眠ると、身中の三尸(さんし)の虫が昇天して天帝にその人の過失を告げる」という中国の信仰と、日本の日待ち、月待ちの信仰が融合したものとされる。江戸時代に庶民の間に浸透し、庚申の晩に人々が集まり、眠らずに一晩を過ごす庚申講が行われた。この講を何度か行った節目に建てたのが庚申塔で、人々の祈願の対象にもなっていた。

 万蔵院台の庚申塔は、宝永七年(1710)に、当時この地の領主であった小林正利が建立した一基と、この地の住民が元文三年(1738、文化二年再建)と明和六年(1769)に建立した二基、建立年代は不明だが昭和五二年に再建された一基がある。このうち宝永七年のものは、近年まで節分の豆撒きや、初午に供物を供えるなどの行事が行われていた。

これらの庚申塔は領主と住民が建立したものが一体に祀られ、両者の関係を示す好資料となっている。また近年まで信仰行事を伴っており、民間信仰を理解する上でも貴重である。 

日野市教育委員会

十二神社
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文献

  1. 多摩地区所在古墳確認調査団 1995『多摩地区所在古墳 確認調査報告書』

  2. 八王子市郷土資料館 2009『多摩の古墳』八王子市教育委員会

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