新河岸川の支流の白子川左岸(和光市白子)の舌状台地に位置する吹上貝塚。



吹上貝塚
発掘された遺跡は縄文中期(今からおよそ4〜5,000年前)に属し、貝層の下に良好な一群の土器を伴った三つの住居跡が、ほぼ東西に約二十メートルの距離をおいて並んでいた。このうち西側のものは二つの住居跡が複合しており、古いものが埋められた後、一部重複して次のものが造られていた。両者とも径約5メートルのほぼ円形にちかい形をしている。東側に位置するものは直径約7メートル、短径約5メートルのかなり大型の楕円形の住居跡で、何回かにわたり、拡張改築された形跡を示していた。
出土遺物は土器・石器・および自然遺物で、土器は縄文中期のものがほとんどで、つぼや鉢、石器は矢じり、石斧等で、自然遺物にはヤマトシジミ・ハマグリ。カキその他の貝殻、ボラ・スズキ・コイその他の魚類の骨、カモ・キジ・ ツル等の骨、イノシシ・ニホンジカ・タヌキの骨等があった。
発掘された貝塚は、竪穴住居が廃されたくぼ地に土器類が捨てられ、さらにその上に貝殻等が捨てられてできた小貝塚である。遺跡はさらにこの辺一帯に散在して地中に 眠っていることは疑いない。
昭和54年1月15日

