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コロボックルの碑 (再訪) 富士見市山室

ららぽーと富士見の近くの 「コロボックルの碑」を再訪した。前回は夕日(逆光)で碑文が撮影できなかったのでリベンジした。

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(碑表)貝塚稲荷旧跡碑
(碑陰)來歴
    大正元壬子年十二月廿伍日建設
    東京帝國大學諸學士出張 明治四十丁未年五月十二日
                紀元二千五百六十七年
    貝殼調査        三千年以前石器時代
                コロボックル人種遺物
    村社へ移轉合祀     明治四十一年五月五日
    神木一丈五寸杉伐採   同    十二月六日
    跡地拂下        同 四十二年九月十日
    同発掘遺骸宝刀発見   同 四十三年三月廿四日
    同届出         同     四月八日
    遺骸改葬        同    十二月廿四日
    宝刀帝室博物館献納   同 四十四年四月十五日
    村社氷川神社      旧氏子   三上由太郎
    社掌 中講義 加治幸廣       同  綱吉
                      同  嘉吉

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有形文化財  コロボックルの碑

昭和五十年十一月一日指定

コロボックルの碑(貝塚稲荷旧跡碑)は大正元年に建立されたものですが、碑文に記された建立の事情こそ富士見市文化財保護の原点を示すものです。

建立の五年前、東京帝国大学の学士十数名がこの地を訪れました。彼等は貝塚山から採集された土器や石器を見て「いにしえのコロボックルが残したものである」と説明しました。「コロボックル」とはアイヌの伝説に出てくる先住民であり、当時は、縄文土器や石器はコロボックルが残したものという説がとなえられていました。その三年後に稲荷神社の跡地を開墾したところ、古墳時代の人骨と鉄刀が発見されました。発見者は人骨を神社に改葬し鉄刀を帝室博物館に寄贈しました。以上の頴末を記念して建てたのがこの石碑です。

富士見市教育委員会

文献

  1. 大谷徹 1995「埼玉県における古墳関連碑文」『研究紀要 第11号』埼玉県埋蔵文化財調査事業団

この日に「ららぽーと富士見」に来たのは推しのイベントが目的だった。

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私の推しのラフ×ラフの佐々木楓菜さん
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ほるたま展2024第三部は先週(1週間前)だった

 


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「2年目はとにかく空回ってた」「すごいそれを感じたのが『超めっちゃ“キュン”でしょ?』 のリリースイベント」「ステージに出て(お客さんが)3列しかない」「(自分にとってラフxラフとは)運命だった」


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