以下の内容はhttps://kofunmeguri.hatenablog.com/entry/2024/08/01/000000より取得しました。


『海の人類史 – パイオニアたちの100万年』 インターメデイアテク

KITTE丸の内(丸の内JPタワー)のインターメデイアテクで開催中の特別展示『海の人類史 – パイオニアたちの100万年』を鑑賞した。インターメデイアテク(IMT)は、東京大学の学術をアート&サイエンスのコンセプトをもって公開する実験的ミュージアムで、日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館が協働で運営をおこなう。本展は、人類の海に対する100万年の挑戦史を、学問とアートを融合させるインターメディアテク独自の手法で展示する。人類が海を超えて大洋上の島々に進出しはじめたのは、ホモ・サピエンスの時代になってからと考えられてきたが、近年の東南アジアにおける相次ぐ発見により、人類最古段階の渡海は100万年も前に達成されていたことがわかってきたとして、フローレンス原人のタイプ標本(2004年発表、リャン・ブア1号の骨格、3Dプリント)と沖縄の旧石器人(港川1号の骨格化石、レプリカ、約2万年前)を展示。日本列島人類史のはじまりを後期旧石器時代の38,000年前頃として、静岡県沼津市の井出丸山遺跡出土の石器(約37,000年前、神津島産黒曜石)、世界最古の釣り針(沖縄県サキタリ洞窟跡、23,000年前頃、ギンタカハマという海の巻貝の底部を加工)、刃部磨製石斧(静岡県沼津市の清水柳北遺跡、後期旧石器時代前半)などを展示。縄文人の挑戦として、貝輪入り蓋つき土器(千葉県船橋市の古作貝塚出土、伊豆諸島の三宅島以南に生息するオオツタノハ製の貝輪)、1901年(明治34年)に鳥居龍蔵が調査、坪井正五郎が報告した伊豆大島の龍の口遺跡の遺物(縄文人が伊豆諸島へ来ていたことを明らかにした最初の発見)、本州から180km離れた八丈島の倉輪遺跡に本州各地から持ち込まれた土器、貫通した石片が残るマグロの椎骨(所蔵:気仙沼市教育委員会)、釣り針(骨・角製)・回転式離頭銛・固定式銛頭・ヤスなどの漁具、小笠原諸島北硫黄島の石野遺跡の土器・石器(2,000年前)、大正時代に発見された不思議な石器として1920年東京帝国大学の中井教授が北硫黄島の村長より寄贈され持ち帰った円筒石斧などを展示。北硫黄島の遺跡は知らなかったので調べたら、いろいろ事情があるようだ。

f:id:kofunmeguri:20240714083403j:image

 

 

KITTE丸の内の1階アトリウムではPRイベント「あいちの歴史観光展in江戸」が開催されていた。
f:id:kofunmeguri:20240714083400j:image

 

にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村




以上の内容はhttps://kofunmeguri.hatenablog.com/entry/2024/08/01/000000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14