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蛇穴山古墳 前橋市総社町総社

総社古墳群で墳活。1基目は、前橋市総社歴史資料館のすぐ隣の蛇穴山古墳。

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国指定史跡 蛇穴山古墳推定復元図

今から約1300年前、古墳時代の終末期に造られた一辺が約40mの方墳。墳丘に葺石があり、石材加工技術のすばらしい横穴式石室をもつ。

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 史跡蛇穴山古墳
一辺の長さ約40mの方墳である。埋葬主体部は横穴式石室であるが、羨道を欠き、玄門と玄室とからなる特殊な形をとっている。 玄門の前には、羨道の痕跡ともみられる構造と八の字形にひらく前庭がある、石室は天井、奥壁、左右壁ともにみごとに加工した各一校の巨石で構成されている。天井石、奥壁などの縁はL字形に切り込んで壁の石と組み合わせている。精巧な細工をほどこした玄門とともに、当時の石材加工技術の優秀さを物語っている。石室の規模は玄室長(西)3m、同幅2.6m、同高さ1.8mである。

隣接する宝塔山古墳とともに県内古墳の最終末期に造られたもので、八世紀初頭の頃に位置づけられよう。

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文献

  1. 前橋市教育委員会 1976 『史跡 蛇穴山古墳調査概報』前橋市教育委員会
  2. 前橋市埋蔵文化財発掘調査団 2010 『蛇穴山古墳・宝塔山古墳 ; 総社町屋敷南遺跡』前橋市埋蔵文化財発掘調査団
  3. 前橋市教育委員会事務局文化財保護課 2022 『史跡蛇穴山古墳現地説明会資料』前橋市教育委員会事務局文化財保護課
  4. 前橋市教育委員会事務局文化財保護課 2022 『6:東国の雄 総社古墳群』前橋市教育委員会事務局文化財保護課
  5. 前橋市教育委員会 2023 『総社古墳群範囲内容確認調査報告書』前橋市教育委員会
  6. 前橋市教育委員会 2023 『総社古墳群総括報告書』前橋市教育委員会

文献[6]より

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