カスミ フードスクエア宮代店近くの風土記の丘公園ときりかぶ公園で、道仏(どうぶつ)遺跡と道仏北遺跡の痕跡を散策。
道仏遺跡


まちしるべ 45 道仏遺跡
所在地 宮代町道佛三丁目
道仏(どうぶつ)遺跡は、縄文時代早期後半(約7,000年前)と古墳時代中期(約1,550年前)から後期(約1,400年前)にかけての遺跡です。特に五世紀後半から六世紀後半にかけては、当地域で最も大きな集落でした。本遺跡は大宮台地の東側縁部の屈曲点にもあたり、当時大河であった古利根川に近いことから交通の要所としても発達したようです。六世紀前半までは島状の台地全体に集落がありましたが、六世紀中葉以降は西側の比較的標高が高い場所に移動しました。これは古利根川による洪水と関係があるようです。一部の住居跡からは洪水により埋められた跡が見つかっています。
現在地(公園)から南へ約70mの島状の台地上に道仏遺跡の集落はありました。古墳時代中期から後期の住居跡は147軒にもおよび、土師器を製作し焼いたと推定される穴も検出されています。また、鍛冶関連の鞴(ふいご)の羽口(はぐち)や鉄滓(てっさい)、石製模造品の加工に使うと推定される軽石も出土しています。このことから、道仏遺跡は単なるムラ長が支配する農村集落ではなく、土師器製作職人や鍛冶職人、玉造職人もいる複合的な集落であったと推定されます。
本遺跡からは多量の土師器が出土しましたが、特筆すべきは、この時期の集落では珍しい須恵器が多量に出土したことです。その中には𤭯(はそう)と呼ばれる祭祀で使用する特殊な須恵器も発掘されました。一般的には古墳など特殊な遺跡で発見されるものです。
この他に古代豪族の三種の神器を模したといわれる石製模造品や管玉、紡錘車、大型土錘なども出土しています。最も本遺跡で特徴的な遺物といえるのは、群馬県高崎市付近で多く出土する韓式系軟質土器と呼ばれる渡来系の土器です。埼玉県東部地区では初めての発見です。
この案内板は宮代町の歴史文化を後世に伝えたいという思いによる寄付(ふるさと納税)により建てられたものです。
宮代町



土器片?
韓式系軟質土器は、昨年、宮代町郷土資料館で開催された特別展「古代のみやしろ-古墳時代の宮代町-」で鑑賞した。
朝鮮半島系土器は東京都足立区の伊興遺跡でも出している。
道仏北遺跡

まちしるべ 44 道仏北遺跡
所在地 宮代町字道仏
道仏(どうぶつ)北遺跡は、縄文時代早期前半(約8,000年前)から縄文時代晩期(約3,000年前)、古墳時代中期(約1,550年前)の遺跡です。
道仏北遺跡は中央の谷を挟み、南北に集落が分かれています。北側の集落では18軒の住居跡が、南側の集落では21軒の住居跡が発掘されました。現在地から100m程西側のショッピングセンター付近からは、北側の集落が発掘されました。この集落は、中央広場を中心に周囲に竪穴住居が配置されていました。中央広場の中心部では直径1m程の円形の穴から、焼石や石器、土器が発掘されました。こうした状況から祭祀の場であったと推定されます。広場の周囲では縄文時代前期中葉(約5,500年前)から中期初頭(約4,700年前)にかけての集落が継続的に営まれていました。住居跡からは甕(かめ)や深鉢など多数の土器が発掘されました。この他、獣面把手(じゅうめんとって)のある土器も出土しています。
一方、南側の集落では尾根上に沿って集落が営まれました。縄文時代前期後半(約5,000年前)の住居跡からは硬砂岩製の垂飾(すいしょく)、古墳時代中期の住居跡からは宮代町唯一の勾玉が出土しています。 縄文時代の遺跡周囲の低地は、現在よりも数メートル以上低く、当時は温暖化のため、海水面が上昇しており、奥東京湾に面した崖状の海辺であったと推 定されます。
この案内板は宮代町の歴史文化を後世に伝えたいという思いによる寄付(ふるさと納税)により建てられたものです。
宮代町


- 平成15年度 発掘~道仏北遺跡 埼玉県埋蔵文化財調査事業団の調査 | 埼玉県宮代町
- 平成20年度道仏北遺跡発掘調査の概要 | 埼玉県宮代町
- 平成23年度企画展「道仏北遺跡発掘出土品展2」図録 | 埼玉県宮代町
- 平成25~26年度道仏遺跡で縄文時代と古墳時代の集落を発掘!! | 埼玉県宮代町
- 平成26年度企画展「道仏北遺跡発掘出土品展3」図録 | 埼玉県宮代町
- 宮代町文化財調査報告書第20集「道仏北遺跡・道仏上遺跡」 | 埼玉県宮代町
- 宮代町文化財調査報告書第22集「道仏北遺跡」 | 埼玉県宮代町
- 宮代町文化財調査報告書第23集「道仏遺跡」 | 埼玉県宮代町
- 宮代町文化財調査報告書第25集「中寺遺跡・道仏北遺跡・地蔵院遺跡・山崎遺跡・姫宮神社遺跡」 | 埼玉県宮代町
- 埋蔵文化財の包蔵地 | 埼玉県宮代町
- 道仏遺跡の住居跡群
『道仏遺跡発掘調査現地見学会』古墳時代中期から後期の本地域の中心的な集落(ムラ)を是非この機会にご覧ください。12月14日(日)10時~12時 随時受付。詳しくは⇒ http://t.co/j6OeZ69sOp #宮代町 pic.twitter.com/o9oeNnLzCQ
— 宮代町 (@miyashiro_machi) 2014年12月12日
『道仏遺跡現地見学会』12月14日道仏区画整理地内の道仏遺跡で発掘調査現地見学会が開催されました。道仏遺跡は約1,550~1,450年前の古墳時代中期後半から後期前半の集落です。 #遺跡http://t.co/VKUyWF4d0h pic.twitter.com/hCYk9x4Uqt
— 宮代町 (@miyashiro_machi) 2014年12月19日
『道仏遺跡発掘調査現地見学会のお知らせ!』今回の現地見学会では、古墳時代の住居跡や出土した土師器、須恵器などを実際に見学して、詳しく説明します。http://t.co/VBQZfxx5e5 #宮代町 #遺跡 pic.twitter.com/moKBJSH6eo
— 宮代町 (@miyashiro_machi) 2014年11月20日
道仏地区のきりかぶ公園(ピアシティ宮代の東側)に道仏北遺跡の文化財案内板(まちしるべ)を設置いたしました。町の歴史や文化財に対しての理解を深めるきっかけとして、この案内板を活用し、ウォーキングなど行ってみてはいかがでしょうか。https://t.co/BJVCHKH84C
— 宮代町 (@miyashiro_machi) 2016年1月8日
7月7日、道仏地区44街区の公園に道仏遺跡の文化財案内板が設置されました。道仏遺跡の発掘当時の現場写真や出土品の写真、発掘現場の範囲がわかる地図なども記されています。
— 宮代町 (@miyashiro_machi) 2017年7月19日
詳しくはこちら⇒https://t.co/HwCOyMjEV3 pic.twitter.com/M9X3anfPMH
11月11日、郷土資料館で特別展記念講演会「東国の渡来人と宮代」を開催しました。参加者は22名。駒澤大学の酒井清治教授を講師にお招きし、道仏遺跡の主体的な時期である5世紀後半から6世紀後半の東日本の様相の解説や出土した須恵器などの遺物と周辺地域との交流等についてご講演いただきました。 pic.twitter.com/tTsGioXHTc
— 宮代町 (@miyashiro_machi) 2017年11月20日
#みやしろまち#宮代町歴史散歩
— みやしろ市民ガイドクラブ(みやしろ伝々虫) (@jijichiba) 2023年4月8日
宮代町は約2万年前(旧石器時代)から人の営みがありました。縄文、古墳、その後も歴史を紡いできました。それを伝承すべく文化財案内板を設置されています。
まちしるべ44 道仏北遺跡
南のエリアの新興住宅街道仏地区はまちしるべ45に登録されている道仏遺跡の場所です pic.twitter.com/B2h1ck9xAT
#みやしろまち#みやしろ市民ガイドクラブ
— みやしろ市民ガイドクラブ (@6rOl8gJtKY1c2CR) 2023年12月2日
2023(R.5)12.2
みやしろ市民ガイドクラブ12月例会[道仏の古代史跡紡いだ歴史を巡る」
好天に恵まれ一般参加者2名の方(道仏遺跡発掘した方)と道仏北遺跡、道仏遺跡、姫宮神社古墳群を巡りました。宮代町の古代の歴史を再認識しました。 pic.twitter.com/2xVi5vejCe
セレクト横丁「ROCCO」
