旧鳩ヶ谷市で唯一の古墳として文献[1]に記載されている仙元祠古墳。文献[1]では「規模80〜90mの前方後円墳、直刀・勾玉が出土」、文献[2]では「浅間社古墳跡」として「現在は消滅」、文献[3]では「㉘仙元祠古墳(消滅)」として「周知の埋蔵文化財包含地内が調査済」とする。仙元祠古墳があったであろう場所を散策した。




千手院


見沼代用水 浅間橋

現存していないが、前方後円墳だったといわれる場所が川口市内にあった。かつて浅間社があったという仙元祠古墳。明治時代に鳩ヶ谷氷川神社に合祀されて無くなり、古墳と言われる山も削られてしまっている。明治期の迅速測図を見ると瓢箪型の小山が見えるが、これ全体が古墳だったら結構大きい。 pic.twitter.com/dVSIMwnImo
— いこ~ (@e_ikuon) 2020年5月12日
もう一つ川口市内で現存しない古墳、「高稲荷古墳」。こちらのブログによると全長80mの前方後円墳だったとのこと。毛長川(かつての入間川・荒川?流路)流域に古墳は結構あったようで、現存していないのが惜しまれる。https://t.co/nhikSfKy85
— いこ~ (@e_ikuon) 2020年5月12日
浅間社の古墳(仙元祠古墳)、迅速測図の小山全体だったなら全長200m近い大型古墳になる!と思って調べたけどWeb上にはほとんど情報がない。以下のブログで引用されている絵図(出典不明)では2つの山頂があるように見える小山が描かれているのだが……https://t.co/XHxBFdahoS pic.twitter.com/s3RHqaJbxz
— いこ~ (@e_ikuon) 2020年5月12日
出典は、『新編武蔵風土記稿・足立郡之五』の「鳩ケ谷宿」です。
— 秦野 秀明@「埼玉凸凹地図」絶賛発売中! (@Wpl0JWzdw688IBR) 2020年5月12日
データは、「国立国会図書館デジタルコレクション」https://t.co/dqSJIuo4eR
です。 pic.twitter.com/xHAkpI01h0
同出典:「浅間社」です。 pic.twitter.com/falr8N0b3Y
— 秦野 秀明@「埼玉凸凹地図」絶賛発売中! (@Wpl0JWzdw688IBR) 2020年5月12日
出典教えていただきありがとうございます。この絵図だけで特定されるのはさすがですね!
— いこ~ (@e_ikuon) 2020年5月12日
こちらこそ、ありがとうございます。
— 秦野 秀明@「埼玉凸凹地図」絶賛発売中! (@Wpl0JWzdw688IBR) 2020年5月12日
私見ですが、『新編武蔵風土記稿』の挿絵のタッチが、どの巻も同じ気が致します。
同一人物が描いた?
「168 仙元祠古墳」として、掲載されておりました。
— 秦野 秀明@「埼玉凸凹地図」絶賛発売中! (@Wpl0JWzdw688IBR) 2020年5月13日
以下はとても便利ですね。
「埼玉県埋蔵文化財情報公開ページ」https://t.co/0kgd3bbRHV
「埼玉県埋蔵文化財情報公開ページ(川口市全域地図)」
「21_22_23」
ありがとうございます。PDFで重そうなので帰ったらPCで見てみます。
— いこ~ (@e_ikuon) 2020年5月13日
亀レスですが、『東京人類學會雜誌』に浅間社古墳(仙元祠古墳)の踏査記録が掲載されています。田端駅から安行村猿貝々塚へ採取に行く途中に鳩ヶ谷町で小山の如き森が仙元祠古墳だったとう内容です。https://t.co/oY2TSuUW3L
— ぶじん(挂甲の武人) (@kufunmeguri9) 2022年1月17日
出典のご紹介をありがとうございます。
— 秦野 秀明@「埼玉凸凹地図」絶賛発売中! (@Wpl0JWzdw688IBR) 2022年1月17日
[前略]「此古墳の形ちは月光にて見し故確実ならさるも瓢形の如く思ひしなり」[前略]
出典:林 五策(1900)「安行村字領家貝塚發見」『東京人類學會雜誌』15巻170号 pp.336-337
ご紹介ありがとうございます。いかにも前方後円墳という描写ですね。川口市周辺にあったであろう大型の古墳は今では跡形もなく、寂しい限りです。
— いこ~ (@e_ikuon) 2022年1月17日
文献
[1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」
[2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 北足立・入間」さきたま出版会