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相川考古館 伊勢崎市三光町

相川考古館を見学した。創始者の相川之賀(しが)の経歴や考古学コレクションを説明していただいた。之賀は1885年(明治18年)に19歳で単身渡米。坪井正五郎の東京人類学会に入会。戦前に考古学館建設を計画。1950年(昭和25年)没後、長女が意思を継ぎ相川郷土館を開設。収蔵品は重要文化財の埴輪4点を始め、県内各地の古墳からの出土品など。米国滞在中にカナダ太平洋岸先住民関係資料を東京帝国大学に寄贈。坪井正五郎が米国の之賀宛に送った礼状に感動。日本は1877年に万国郵便連合に加盟(23ヶ国目)。当時も国際郵便制度で、葉書や封書が米国に送れた。日本から送る場合は、切手と消印は日本国内のもの、宛て書きは英語、今と同じ。展示されている人物埴輪で、女性4体を当てるクイズは全問正解、褒められた。

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重要文化財の埴輪4点のうち1点は、群馬県太田市出土の武装男子立像、いわゆる「挂甲の武人」、東京国立博物館蔵の国宝の「挂甲の武人」も太田市出土。トーハクで国宝の「挂甲の武人」の修理の際に、トーハクの担当者が相川考古館の武装男子立像を調査に来られたそうだ。相川考古館の立像には左手に弓があるが、トーハクの立像にはない。前回のトーハクの修復の際に弓はあえて再現しなかったとのこと、今回の修復では再現されたか気になる。公開が待ち望まれる。武装男子立像は世界に5体あるそうだ。トーハクで5体勢揃いを企画していただけないか。トーハクと相川考古館の武装男子立像にはハケ目が同じように2種類あり、同一の二人の埴輪職人が手がけたのではないかとのこと。面立ちに違いがある。

「県内各地の古墳からの出土品」は、太田天神山古墳、赤堀茶臼山古墳円福寺茶臼山古墳、不動山古墳、甲斐銚子塚古墳などがあった。

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