野鳥の会神奈川の会報で紹介されていた本でおすすめポイントに『江戸時代中期に74日間で1400キロを踏破した象の記録』とあり、創作なのかなと思ったらノンフィクションだったので驚いた。
享保13年(1728年)6月、8代将軍徳川吉宗に献上するためにベトナムから牡牝2頭の仔象が長崎にやってくる。そこから江戸への旅が始まるわけだが、吉宗は象を日本の気候に慣らし、出発は来春頃が良かろうと指図したので象の旅は翌年3月に出発することとなる。
長崎滞在中の9月に牝象が病気で死んでしまったので8歳の牡象のみの旅立ちとなった。
なんといっても江戸時代、海峡や大河には橋もなく、小舟に乗せれば象が暴れるとのことで知恵を絞り、危険を避け、石船に乗せたり、小舟を繋いでそれに板を渡して橋のようにしたり、はたまた徒歩で渡ったりと手に汗を握る展開続き。
京都では天皇に謁見。
数々の宿場町で休みながら江戸を目指す。
読んでいて楽しいのは東海道五十三次の三島〜江戸のあたり。
5月13日大井川を徒歩で渡った一行は16日三島に泊まる。
17日象は箱根峠でダウンし箱根泊り。病気になりさらに三泊。
21日象がようやく歩き出し小田原泊り。
22日大磯で休憩、平塚泊り。
23日藤沢で休憩、戸塚泊り。
24日神奈川で休憩、川崎泊り。
25日品川で休憩、ついに江戸到着。
27日江戸城へ参上。将軍吉宗に謁見。
箱根駅伝のあのルートを江戸時代に象が歩いたのです。
甘酒茶屋もでてくるし、畑宿の一里塚も。
先日、旧街道を走ったばかりなのでふむふむ読みました。
このノンフィクション小説を書くにあたって数多くの資料をもとに取材をされていますがちゃんと各所に記録が残っているのがすごい。
もちろん、何も記録がない宿場町もあるようですが。
そしてこのような象の旅ができたのも享保14年は江戸中期の中でも最も平穏な時だったからという記述になるほどと思いました。
なんでも大きなものが好きだったという吉宗。象を見た時に「思ったより小さいな」「色も白くないな」と失望した感想を述べます。そのあと興味を失ってしまうようで・・。
実は吉宗は象を観賞用としてではなく、行進や有事のときに使えるかどうかと考えていたよう。そのためもあってか、のちに象は払い下げされてしまう運命に。
これ以上はネタバレになるので書きません。
ぜひ読んでみてください。
この頃は江戸市内にはツルやハクチョウだけでなく、コウノトリやトキも見られたとあり、その点も驚きでした。ツルは獲って食べていたそう。(前田利家が鶴の吸い物でお腹を壊しているとも)
大河ドラマ『べらぼう』の時代より50年ほど前の象の旅。
年号がくるくる変わって覚えられないけれど、こうやって追っかけてみると江戸時代っておもしろいなーと思います。
