靴職人のこだわりは?と問われれば「フノリ磨き」と答える人が多いのではないかと思う。革底の銀面を落とし、細かいペーパーで目を整える。このときばかりは一心不乱に。
そのあと金茶を少し混ぜ好みの色にしたフノリを練り込むように全体に伸ばす。このときは手早く。
手早く塗らないとあっという間にムラになってしまう。しっかり乾いたら乾いた布で磨きあげる。するとみるみるうちに革底は輝きだすのだ。
修行時代はやり方を教わるのではなく、ただ親方の隣に座り、仕事をする気配を感じとりながら覚えるようなことが多かった。仕事を耳で覚えたというようなことを以前にも書いたけど、銀面をペーパーで整える音や磨き上げる音に耳を澄ませつつ、その音に自分も近づくようにと作業していた。たくさんの工程の中でこのふのり磨きが特別な気がしたのだった。親方の素早い手の動きはまるで木型と身体が一体になって溶け合ってそのままバターになってしまうような(ちび黒サンボのトラがぐるぐる回ってバターになったように)そんな感じすらする動きだった。
『一回履いたら終わりだけどな。こだわりだからな。』という言葉をきき、そういうものなのか・・・と思った。出来上がった靴の底にサインを入れたり、責任番号と呼ばれるそれぞれの職人さん専用の数字を刻印したりと、底に思いを込める靴職人は多かったのだときく。
靴を磨くときは底の土踏まずの部分を磨いていつもキレイにしておけとよく言われた。
階段を上ったりするときに後ろから見られるのだからと。
そんな話を思い出しながら、フノリ磨きをする。
ツメの甘いこびとくはまだまだ不充分な底の仕上がりだ。それが悲しくもあり情けないのだけど、一番最後に飾り車で自分専用の模様を底に刻む瞬間が一番好き。