昨年の十二月六日に、演劇批評家の鴻英良氏が亡くなったのを、「週刊読書人」(1月31日号)の高橋宏幸氏による追悼文で知った。私は追悼する資格をもつ者ではないし、多岐にわたるその活動について述べる能力ももたないが、鴻氏の思考にはいつも啓発されてきた。
とりわけ、「『帝国』からの《悲劇》の誕生 あらたな演劇の動向をめぐって」(「ユリイカ」二○〇二年十二月)という批評文には大いに刺激を受け、今でも勇気づけられている。
ここで鴻は、『ドイツ悲劇の根源』を中心とするベンヤミンのギリシャ悲劇論の可能性を論じ、現代演劇や日本の演劇空間に導入することを提唱している。ベンヤミンが、『悲劇の誕生』のニーチェに逆らって、ギリシャ悲劇に神話批判の精神、神の意思を拒絶する人間の意志を見出している点に批評性を見るのだ。ベンヤミンは、「ギリシャの人々は、やはり神々は偉大であって、人間は小さい存在だなどと考えていたわけではない」と主張したのだ、と。
ベンヤミンによれば、そこにおいて、「自分は自分の神よりも善いのだ、と自覚するのである」。そして、このように英雄たちが敗北していく姿がそこに描かれているにもかかわらず、それらを目撃しつつ、彼らは神々の秩序を否認するという判断を下していた。そのような決断の場所としてギリシャ悲劇は上演されていたのであり、それゆえに、そこにはゲーニウス(注―反神話的言語精神)の登場が逆説的に表明されていたということなのである。
つまり、勝利へのプロセスは逆説的にしか描かれえないのであって、このようなベンヤミンの逆説的思考は、「二○年代の精神上の内乱」(ボルツ&レイイェン『ベンヤミンの現在』)のなかで形成されたにちがいないが、ここにこそ現実の事態へのベンヤミン特有の応答の仕方を見るべきなのである。そして、そのような姿勢があるかぎり、絶対的な支配、あるいは、圧倒的な不条理のなかにおかれていると思える場合でさえも、ベンヤミン的に言うならば、「希望がないわけではないのだ」と言うことができるのである。「希望がある」でも「希望がない」でもない、その間にある別のヴィジョンが存在する。ギリシャ悲劇はそうした可能性の証拠を提示している。つまり、「不可能」の状態においてもなおその事態に対する批判的な表明をつづけるという戦略的な方法としてギリシャ悲劇という芸術的な形式が生み出されたのだ。ベンヤミンに依拠しつつ、そのようなことを確認すること、それこそ、われわれが現実を否認しようとしながらも、その具体的な対応策を見出していないときに取ることのできる戦略ではないだろうか。
ベンヤミンの「自分は自分の神より善いのだ」は、偽書『竹内文献』の竹内巨麿の思想上のパトロンだったらしい鴻の先祖の僧侶、鴻雪爪(せつそう)が、「明治天皇からの爵位の授与を「自分は天皇よりも偉いから」という理由で拒絶したという」(すが秀実『1968年』)エピソードを想起させる。鴻は、その雪爪の精神を、偽史的な想像力の方ではなく、ベンヤミンの悲劇論の「破壊的性格」の方へと接続したのである。
もちろん、オイディプスは、最終的には神託を受容させられる。神託から逃れようとする放浪的な反逆は挫折に終わる。「けれども、ベンヤミンが重視するのは〔…〕神の意思に逆らって彼が行動しはじめたという事実の方なのである」。「英雄たちが敗北していく姿がそこに描かれているにもかかわらず〔…〕彼らは神々の秩序を否認するという判断を下していた。そのような決断の場所としてギリシャ悲劇は上演されていた」のだ、と。ギリシャ悲劇に敗北や挫折=悲劇を見るのではなく、むしろ「勝利へのプロセス」が「逆説的」に「描かれ」ている方へと重心を移動させるのである。
この重心の移動=逆説こそが批評だろう。われわれが失ったのは、こうした「逆説」への想像力ではないか。逆説=重心の移動は、いまや単に「逆張り」と見なされ疎まれている。だが、「逆説」がわからなければ、「批評」が理解されるはずもない。言語は狭義の情報に包摂させるわけではないので、言語には「「希望がある」でも「希望がない」でもない、その間にある別のヴィジョンが存在する」場所があるのだ。
批評とは、まさに「「希望がある」でも「希望がない」でもない、その間にある別のヴィジョンが存在する」ことを見せる行為だろう。すなわち「希望がないわけではない」ということを。
「「不可能」の状態においてもなおその事態に対する批判的な表明をつづけるという戦略的な方法」こそ、鴻が「現在」に導入しようとした批評だった。すなわち、それは、「天皇制=法措定的暴力」+「国会=法維持的暴力」たるこの国の「現実」に対して、神話批判としての演劇をテコとすることで、新たな「法=ポリス」の出現を模索しようとする「戦略的な方法」であった。たとえ、それが挫折や敗北に見えようとも、その「勝利へのプロセスは逆説的にしか描かれえないのである」。鴻が見つめていたこの逆説の場所に、これからも目を凝らしていきたい。
(中島一夫)