初めてマネージャーになってから20年ちょい経ちますが、常々自分のカレンダーをゴニョゴニョしているし、ここ1年半くらいは取締役CPOとして、他のマネージャーたちのカレンダーも横目で眺めるようになった。いつの時代においても「マネージャーである限り回避できない時間」そのものはあんま変わってなさそう。
さして発話もしないような定例、進捗報告、社内イベント、社外対応があって、稟議や承認のワークフローが無限にある。カレンダーが自分の意思とは関係なく埋まり、やるべきことに時間が割けない。
ミンツバーグのCEOの稼働を分単位でトラッキングした研究に、他者からの要請や割り込みによって発生する予定が大半で、ディープワークのための時間は少なかった、というのがある。予定の多くが他者起点で決まり、1件あたりの予定時間も短く、まとまった集中作業ブロックが取りにくい、という話。CEOですらこの状態なのだから、現場のマネージャーの時間が自分の裁量だけで守れないのはまあそう。
同じ義務を抱えているのに、成果が分かれていく理由
マネージャーになってすぐくらいの時、「同じような義務のカレンダーを持っているマネージャー同士でも成果にはまあまあ差がついていくな」と感じる場面があった。昇格スピード、任される事業の規模、周囲からの評判(信頼度)。義務の多寡だけでは説明がつかない差があった。
自分とどういう差があるのかを観察して、自分なりの解を出したことがある。彼らもいうて義務は多いのだけれど、その義務を「虚無の時間」としては扱っていなかった。逆に「情報を拾う場」「関係者の温度感や真意を測る場」「アイディアを諮る場」として、意識的に使っているように見えた。
もうひとつ強く感じたのは、「そもそもこの義務は続けるべきか?」という問いを頻繁に口にしていたこと。同じ報告系ミーティングが三回続いて得られるものが薄いと感じたら、マンスリーにする、ダッシュボードで代替する等とやめる提案をしてしまう。なんとなく「そういうものだから」と受け入れている義務に対して、「本当に必要か」「目的に照らしてまだ妥当か」を出してくる頻度が高い。
同じだけ義務を抱えていても、
- 義務を「虚無の時間」として流す人
- 義務を「情報・関係構築・意思決定の機会」として扱う人
- そもそも「この義務いる?」と問い続ける人
で、数年たつと見える景色がだいぶ変わってくる。
義務を「税金」と見るか、「機会」と見るか
自分の中でいちばんしっくりきた整理は「義務を税金として払っているのか、それとも機会として使っているのか」という分け方だった。あとは機会として使うだけでなく「そもそも払わなくていい税金はないか」をよく見直しているかどうか。
税金としての義務は「決まっているからやるもの」になる。週次の定例に出て、連綿と続いているフォーマットに記載する。その場はなるべく波風を立てないことや、指摘されないことが目標になりやすい。参加していても、ただ過ぎ去るのを待つ時間。そういうことありませんか?ぼくは3,599億回あります。
一方で、機会としての義務は「何かを持ち帰るために使う場」になる。同じ定例でも、その場で何を観察するのか、どんな問いを投げるのか、誰にどんな宿題を持ち帰ってもらうのかをイメージしておく。進捗報告も、そこに書いてある数字を読み上げる場ではなく「次の一週間で何を試すか」を決める場に変えていく。社内イベントも、単に参加する場ではなく、普段あまり話せていないメンバーとのコミュニケーションに使う。
大事なのは、「すべてを機会にせよ」という精神論ではなくて、
- これはもう税金として諦めて払うしかないやつ
- これはちゃんと機会として使えるやつ
- これはそもそも節税していいやつ
を、せめて自分のなかで仕分けておくことだと思う。
義務の「節税」をどこまでやるか
機会として扱う価値が低い義務については、「やめる」「減らす」「まとめる」という選択肢もテーブルに載せる。これが概念としての「節税」にあたる。
- 「やめる」: 本当に目的に寄与していないなら、終了させる
- 「減らす」: 頻度や人数、時間を削る
- 「まとめる」: 似た目的の場を束ねる、非同期化する
特に「やめる」は最も効果的で、形骸化しているものはまず破壊することを考える。リンケージに入ってすぐに「経営会議」という名前はついているが目的が良くわからない会議体があり、1ヶ月我慢していたが、あえなく爆破した。
義務的な時間からリターンを引き出すぞ
自分の場合、義務的な時間から少しでもリターンを引き出すために続けていることは、大きく4つある。
- この場に自分がいる意味を決める
- 義務的な時間から何を持ち帰るかを決めておく
- 義務そのものに「本当に続けるか」の問いを乗せる
- 義務が終わった後の後処理をサボらない
1. この場に自分がいる意味を決める
まず「この場に自分がいる意味」をはっきりさせる。
会議ならその場で自分が果たす役割を決める。意思決定の質を上げるために論点を整理するのか、ボトルネックになっている前提を指摘するのか、合意形成を後押しするのか。単なる「置物」として時間を過ごすのか、それとも場のアウトカムを設計する担当として入るのかで、同じ時間でも見えてくるものが違ってくる。
資料作成でも同じで「アウトラインをスライド化する人」になるのか、「背景にある課題感を整理して、何を決めるための資料なのかをエグザマに落とす人」になるのかで、アウトプットの質が変わる。前者はただの作業、後者は自分の解釈と意思が載ったものになる。
義務を機会として扱うためには、このセッティングをあまりサボらないことが効いてくる。といっても、壮大な儀式をするぞ!みたいなことでなくて、アジェンダがあれば先に眺めて振る舞いを考えるくらいの話。「この時間の期待値」「自分の役割」「終わったあとの共有先」を考えておく。
2. 義務的な時間から何を持ち帰るかを決めておく
定例であれば、具体的なネクストアクションを定める。たとえば「次の一週間で試す打ち手」「その担当」「いつ見直すか」の三つを最低限の持ち帰りラインにする。進捗報告なら「KPIが鈍い理由をどの仮説から当たるか」を一つ決める。社外対応なら「次にこの相手と話すときに深掘りすべきテーマ」を考えておく。
持ち帰りの量は多くてもどうせ散漫になって未着手になるし、毎度そんなに大量に発生するもんでもない。ので、一つか二つに絞る。「義務の時間が終わった瞬間に、具体的なネタを握っている状態」を作っておくことが重要。
持ち帰り事項はObsidianに書いているが、佐久間宣行さんはGoogleカレンダーのメモ欄を使っているらしい。
3. 義務そのものに「本当に続けるか」の問いを乗せる
3つ目のポイントとして、「これは本当に続ける必要がある義務か?」という問いを、あえて場のなかに乗せるようにしている。「節税」のご提案。
候補になりやすいのは、
- 毎週のように開催されているけれど意思決定がほとんど生まれていない会議
- 慣例でやっているけれど、誰も目的を説明できない儀式的報告枠
- 「なんとなく全員参加」にしているけれど、発言するのは毎回おなじ2〜3人の場
いきなり「この会はクソ」と言うとアレなので、「目的に照らして頻度を見直す」「この部分は資料共有に切り出し、ディスカッションに寄せる」といった形で提案することが多い。
- 「この定例、次回から隔週にしましょう」
- 「このブロックは、ドキュメント+コメントで代替しましょう」
- 「この会は、しばらくは○○さんと自分の月次1on1に落として様子見しましょう」
みたいな感じで、場の中で「頻度・やめ方・別のやり方」を提案していく。年に数個ずつでも義務が減っていくと、時間捻出ができている感覚がある。
このへんの見切りは同僚であるところのそーだいさん(
id:Soudai)がめちゃくちゃうまい。設定4のジャグラーをBIG即ヤメできる男。
4. 義務が終わった後の後処理をサボらない
義務が終わった後にどう動くかも、時間の経過とともにかなり大きな差になっていると思う。機会として義務を扱うマネージャーは、その場で得た気づきや決定を、その日のうちに小さく前進させてしまうことが多い。関係者にネクストアクションを簡単に整理したものを送る、宿題タスクを見える場所に置いておく、もちろん手元のObsidianに整理しておくのもやる。やっていることは地味だけれど、この後処理が積み上がっていくと、義務的な時間が翌週以降の変化にちゃんと繋がっていく。
逆に、その場ではいい議論をしていても、翌日には日常業務に飲み込まれてしまい、何も形にならないまま流れていくケースもある。そうなると、義務は単なる「やったことリスト」として積み上がるだけになってしまう。
もう少し具体的なミニケースを書くと、昔いた会社のプロダクト定例でこんな運用をしている時期があった。
- 週次のプロダクト定例(60分)がある
- その直後の30分を「ラップアップ」として自分のカレンダーに固定で入れておく
- 後処理枠でやることは、だいたい決め打ちしておく
- 決まったこと・宿題をSlackに3〜5行で流す
- 次回までのタスクをTodoistに入れる
- 気づきや学びをObsidianに書く
「定例の中でそこそこいい議論をしているのに、次の週には何も動いていない」ということがちょいちょいあったが、後処理を挟むようにしたら、定例で決めたことが1〜2個はそこそこ進んでいる状態になった。体感としては、同じ60分の定例でも翌週までに前進しているトピックの数が1.5〜2倍になった感じがある。
後処理は、どちらかというと「やらなくても誰にも怒られない側の仕事」ではあるが、数ヶ月たったときに効いてくるのはここだな、という気持ちがある。
税金として払うのか、機会として使うのか
もちろん、マネージャーの義務をゼロにすることはできない。税金的な側面はどうしても残るし、「やらないといけないこと」が一定量発生するのは、役割の宿命みたいなところがある。 それでも、どうせ同じ時間を過ごすのであれば、
- どれくらい「機会としてのリターン」を引き出すか
- どれくらい「そもそも払わなくていい税金を減らせるか」
に意識を割いたほうが、自分の学びにも、チームの成果にも、評価にも繋がりやすい。
1秒間に10回「なんで俺がこれやんなきゃいけねえんだ!!!!!!」と叫ぶことは日々あるわけだが、「税金として払うのか、それとも機会として使うのか」「節税できないか」を丁寧丁寧丁寧に描くしかない。
そのうえで、「この場で自分がいる意味を決める」「何を持ち帰るかを決める」「本当に続けるかを場の中で問う」「後処理をちゃんとやる」。このネチネチとした積み重ねが、マネージャーとしての仕事のしんどさを少しずつ減らして、同じ時間から得られるリターンをじわじわ増やしていくんだと思う。
ということで年末なので義務という税金を年末調整して機会に変えていこうな!
すげーうまいこと言った〜〜〜〜今日は良く寝れるわ〜〜〜〜〜〜