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横浜開港資料館(横浜市中区)~横浜の歴史の生き証人「たまくすの木」

1859年(安政6年)6月2日(新暦7月1日)に開港した横浜。

 

西洋文明・文化は、横浜から全国へと広がり、日本は近代国家へと大きく変貌していきました。

 

そんな激動期の歴史を今に伝えるのが「横浜開港資料館」です。

 

開港期の横浜の歴史を展示・解説するとともに、

幕末から昭和初期までの横浜に関する歴史資料約27万点を収蔵しています。

 

横浜開港資料館の近くは何度も通ったことがありますが、ゆっくりと展示を見たことはありませんでした。

 

先日、近くに行った際、立ち寄ってみました。

 

 

目 次

 

たまくすの木

1853年(嘉永6年)、横須賀の浦賀沖に現れたペリー率いる東インド艦隊。

 

翌年の3月8日、再び来航したペリーらは横浜に上陸し、日米和親条約が締結されました。

(横浜開港資料館デジタルアーカイブから借用「ペリー提督横浜上陸の図」)

 

沖合に黒船が集まり、隊列を組む米軍水兵、それに対応する幕府の武士たちの緊迫した様子が伝わってきます。

 

この図に描かれた一帯は、横浜開港後、イギリス領事館となった場所です。

 

右手に描かれた大きな「タブノキ」。

 

このタブノキは、関内大火や関東大震災で大きな被害を受けたものの再び芽吹き、今も生き続けています。

 

横浜開港資料館の中庭にある「たまくすの木」として…

 

開港期の資料

このブログの「ぶらり旅」シリーズは、神奈川県内や近隣のニッチスポットなどを巡り、記事にしています。

 

幕末から明治にかけての開港期の史跡もいくつか回ってきました。

 

幕末に外国の軍艦から防衛するために築かれた「神奈川台場」跡(横浜市神奈川区)。

 

現在は、わずかな遺構しか残っていませんが、当時の絵で状況を知ることができます。

「横浜開港資料館所蔵」のものです。

 

また、我が国初の鉄道が、新橋-横浜間を走ったのは、明治5年(1872年)のこと。

 

東京都港区にある旧新橋停車場には、当時の駅舎が復元されています。

 

そこにも、当時の絵がありましたが、これも「横浜開港資料館所蔵」とあります。

 

開港期の状況を見て知ることができる資料は貴重ですね。

 

横浜開港資料館

「横浜開港資料館」は、横浜市中区の海岸通りと日本大通りに面したところにあります。

 

旧英国領事館があった場所です。

 

隣は、日米和親条約締結地を記念した開港広場公園です。

 

では、開港資料館に入ります。

 

入館料500円を払って、入るとすぐに展示室があります。

ペリー来航とその前後の世界情勢や日本、そして横浜の様子を紹介しています。

 

「ペリー提督日本遠征記」です。

 

1858年(安政5年)、幕府は、米蘭露英仏の五ヶ国と通商条約を結びましたが、翌年刊行された和文の版本です。

 

珍しい写真などを交え、開港前後の状況を解説しています。

 

2階にいきます。

 

文明開化期の横浜を紹介する展示室があります。

 

明治27年頃の外国人居留地本通りの様子です。

 

大正期の伊勢佐木町の様子です。

 

「横浜もののはじめ」などが模型で紹介されています。

 

中庭には、たまくすの木が聳え立っています。

 

 

貴重な展示の数々です。

 

しかし、横浜開港資料館が誇るのは、収蔵する幕末から昭和初期までの横浜に関する歴史資料約27万点ではないでしょうか。

 

事前予約すれば、閲覧できるようです。

 

 




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