2021年の暮れから、何気なく始めた「江ノ電各駅下車の旅」。
江ノ電を途中下車して、駅近をぶらりと歩いてみるというシリーズです。
「江ノ島駅」から始めて鎌倉駅に向かって1駅ずつ巡ってきました。
今回は、いよいよ最終回の「和田塚駅」(わだづか)です。
(江ノ電HPから借用の上一部加工)

和田塚駅は、これまで一度も降りたことがありませんでした。
名前からして、鎌倉時代の有力御家人・和田氏に由来するのかな?
とは薄々思っていましたが、下車する用事がありませんでした😅
はてさて、どんなところなんでしょうか。
目 次 🚋
和田塚駅
和田塚駅は、鎌倉駅から一つ藤沢寄りの駅で、鎌倉駅から歩いても10分程度です。

和田塚駅の名前は、近くにある「和田塚」に由来します。
和田義盛
「和田塚」を訪ねる前に、鎌倉時代の有力御家人の一人「和田義盛」について、確認する必要があります。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を拝借して簡単に振り返りましょう。
和田義盛は、相模国三浦郡和田の里を本拠とした武将で三浦氏の氏族です。
1180年(治承4年)に挙兵した源頼朝を当初から支えた一人です。
頼朝は旗揚げ直後、平氏方に石橋山の戦で敗れ、安房国に逃れ再起を図ります。
安房国で、頼朝と合流し、上総広常に味方に付くよう説得しています。

わずか2か月足らずで、坂東の武士が集まって数万の軍勢になり、鎌倉入りを果たします。

武家政権発足後は、初代侍所別当に任じられ、有力御家人としての地位を固めました。
しかし、二代執権・北条義時と対立し、1213年(建暦3年)に挙兵(和田合戦)。

二日間に渡り、幕府軍を相手に鎌倉市街で戦いますが由比ヶ浜で敗死し、和田一族も滅亡しました

和田塚
「和田塚」は、和田塚駅から数十メートルの所にあります。

和田塚のあった辺りは五輪塔が転がる無常堂塚と呼ばれる古墳があったそうです。
1892年(明治25年)に道路改修工事によって無常堂塚の一部が削られたところ、
多くの人骨が発見され、中には刀を握ったままのものも発見されたといいいます。
周辺は、和田合戦の激戦地の一つであり、その人骨が和田合戦の戦死者のものだという話となり、
無常堂塚を和田塚と呼ぶようになったといわれています。
現在も一段高くなっています。

階段を登ってみると、塚には、和田一族戦没地、和田義盛一族の墓などの碑が建てられ、
近隣の方たちでしょうか、花が供えられていました。

無心庵
和田塚駅周辺の人気スポットに「無心庵」があります。
テレビなどでもよく取り上げられる江ノ電沿いの甘味処です。
そして、人気の理由の一つが、その立地といえるでしょう。

江ノ電の線路に面したお店です。
和田塚駅を藤沢駅寄りから出て左折します。

線路沿いに進んで、線路を渡ります。

人一人が通れる路地を和田塚駅方面に戻ると左手に門があります。

この日は、定休日でした。

定休日ということは知っていました。
「ぶらり旅シリーズ」は、基本的には一人でぶらぶらしているので、一人でお店に入るのも気が引けます😅
門の隙間から、写真を撮らせていただきました。

あとは、「鉄道ひとり旅」のダーリンハニーの吉川正洋さんにお願いします。

あんみつをお願いしました。

乙なものですね。

あっ! 江ノ電がきた!

最高~~(^^)/

和田塚駅、ここも古都鎌倉の歴史と今を感じる場所でした。