鎌倉大仏で知られる高徳院や長谷寺など有名な神社仏閣が集まる長谷。
鎌倉最古といわれる「甘縄神明神社」があるのも、その長谷です。
710年行基が草創し、豪族の染屋時忠が建立した神社と伝わり、長谷の鎮守です。
階段を登った拝殿からは、長谷の街並みや由比ヶ浜を望むことができるそうです。
先日、「甘縄神明神社」を訪ねてきました。
目 次
甘縄神明神社
甘縄神明神社の御祭神は、天照大神。
源頼義が相模守のとき、この神社に祈願し、子の八幡太郎義家が生まれたと伝えられています。
源氏とつながりが深く、鎌倉時代には、源頼朝、政子、実朝らも参詣したといいます。
以前は、甘縄神明宮と呼ばれていました。
ちなみに鎌倉最古のお寺は「杉本寺」といわれています。
神社へ
最寄り駅は、江ノ電の長谷駅。そこから徒歩数分です。

鎌倉大仏の方へ進み、長谷観音入口の交差点を右折します。

少し行くと甘縄神明宮の標識があるので左折します。

真っすぐ行ったところが甘縄神明神社です。

鳥居の右側に「続・続・最後から二番目の恋」でキョンキョンが玉子とじ蕎麦を食べたロケ地「北橋」があります。

鎌倉市指定の景観重要建築物である旧加賀谷邸を改修したものです。
その向かいにあるのが、旧川端康成邸です。(奥のお宅です)

甘縄神明神社は、川端康成の小説「山の音」(読んだことないけど…😆)に登場する信吾の家の裏山の神社のモデルといわれています。
境内をいく
鳥居をくぐって、境内に入ります。

「源義家朝臣再建」と記されています。

「安達盛長邸跡」の碑がありました。

安達盛長は、伊豆に配流となった頼朝に仕え、頼朝が挙兵するまでの20年間を身近で支えた人物です。
後に、鎌倉殿の13人のうちの一人となります。
(NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」から借用)

近年の研究では、安達邸は、鎌倉の御成町にあったとの説が有力のようです(Wikipedia)。
拝殿まで、木々がうっそうと茂っています。

階段の左手に「北条義時公産湯の井」がありました。

安達盛長の長子・景盛は、娘(後の松下禅尼)を第三代執権・北条泰時の子・時氏に嫁がせました。
その子・経時は四代執権、時頼は五代執権となっています。
松下禅尼は、夫の死後、安達邸で過ごしていました。
五代執権・時頼の子の義時(松下禅尼の孫)は、安達邸で生まれたとのことです。
八代執権・北条義時といえば、蒙古襲来に立ち向かった人物として記憶にある人も多いでしょう。
由比ヶ浜を望む
階段を登り詰めると

拝殿があります。

お詣りします。
振り返ると、由比ヶ浜が見えますね。

えっ!
どこどこっ!?
ここですよ😀

(そういわれれば、そうも見えるな…🤔)