江戸時代、利根川水運で栄えた北総の小江戸「佐原」(香取市)。
その繁栄ぶりは、江戸を凌ぐほどであったといわれ、江戸優り(えどまさり)と呼ばれました。
現在でも、利根川の支川である小野川沿いには、歴史を感じさせる古い建造物群が残されています。
そして、そこは、我が国初の実測による日本地図を完成させた伊能忠敬ゆかりの地です。
また、佐原山車で有名な佐原大祭が受け継がれている地でもあります。
GWに水郷「佐原」を訪ねてみました。
目 次
商家町「佐原」
千葉県の北部に位置する北総は、地勢的な重要性から、江戸幕府も統治に力を注いだ地域です。
佐原は、成田街道と銚子街道が交差する要衝であり、また、利根川水運と結びついた商業活動により、下利根随一の河港商業都市として発展しました。
また、旦那衆と呼ばれた商人たちにより自治的な運営が行われ、伊能忠敬もその一人として活躍しました。
独自の文化も開花したところで、「佐原の大祭」と「佐原囃子」は国の重要無形民俗文化財の指定を受けており、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
JR佐原駅に到着しました。

駅前には、郷土の偉人「伊能忠敬」の像があります。

佐原の中心部へ向かう途中、諏訪神社の鳥居がありました。

「GW山車特別曳き廻し」の山車がやってきました。

大人形は、仁徳天皇です。

こちらは、鎮西八郎為朝です。

古い建物が増えてきました。

小江戸の町並み
佐原の中心部、利根川の支流・小野川沿いは、かつて河港の町として賑わったエリアです。
関東地方初の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された佐原地区の中心部であり、江戸・明治期の木造建築が軒を連ねています。
その中心ともいえる忠敬橋(ちゅうけいばし)に到着です。

上流側です。

橋のたもとが、「舟めぐり」の乗り場です。
下流側です。

下流側の町並みを見に行きましょう。

古い町並みです。

風情がありますね。

対岸には休憩スポットの「さわら町屋館」があります。

共栄橋から見た上流側です。

ここから、「舟めぐり」の乗り場近くに来ました。

伊能忠敬の旧宅です。

伊能忠敬
伊能忠敬。
そのお名前は、存じ上げていましたが、日本地図を作ったということ以外、人となりを知りませんでした。
1745年、現在の千葉県九十九里町で生まれ、佐原の商家である伊能家の婿養子となり、
17歳から49歳までの32年間を佐原で家業のほか村のため名主や村方後見として活躍したそうです。
当時の伊能家は醸造業を中心に米穀や油商、廻船業を営んでいた佐原でも有数の商家です。
50歳で息子に家督を譲り、天文学を本格的に学ぶため江戸に出て、55歳から71歳まで計10回に及ぶ全国の測量を歩いて行い、わが国初の実測日本地図を完成させたという驚異的人物です。
しかも、第一回目の測量は私財を投じて行い、その成果が認められて以降、幕府が支出したそうです。
旧宅に入ってみました。

測量に使った機械です。

半円方位盤を上から見たところです。

こうした原理で測量したそうです🤔

居宅の外観です。

伊能忠敬の像です。

樋橋(ジャージャー橋)を渡り、対岸に行きます。

伊能忠敬記念館です。

所蔵する伊能図など2345点が国宝に指定されています。
館内は、写真NGでした。
庭には、伊能忠敬の像があります。

佐原の大祭
佐原の大祭は、夏の八坂神社祇園祭と秋の諏訪神社祭りの2つのお祭りの総称です。
夏は10台、秋は15台の山車が曳き廻されるそうで、山車の最上部に大人形が飾られ全体で9m近くになるそうです。
水郷佐原山車会館は、これらの伝統や文化を後世に伝えるための施設です。

1階には山車展示室とビデオシアターがあり、実際に「佐原の大祭」で使用される山車が展示されています。


2階展示室の窓から見た山車です。

3階の窓からも山車が見えます。

江戸時代の面影を残す町並みは風情があり、そこで育った文化には魅せられます。
そして、伊能忠敬の人物・功績を再認識しました。