白水社のノンフィクションシリーズ〈現代史アーカイヴス〉の2作目、デイヴィッド・レムニック『レーニンの墓 ソ連帝国最期の日々』を読んだ。たいへんな読書だった。まともに受け止めきれていない。
著者は1988年から1991年までの4年間、ワシントン・ポストのモスクワ駐在記者として過ごした。その取材は、結果的にソ連の最後の日々をとらえたものとして本作にまとめられ、ピュリッツァー賞を受賞している。
この作品の内容は、「ソ連崩壊」とひとことで言ってしまうこともできる。世界史の年表なら1行、教科書なら1段落かもしれない。その1行や1段落にどれだけのことが起きたかを、800ページほどの分量でみせてくれる。
その内実は複雑で、政治の動きだけにしぼっても把握しきれない。あまりにわからず、一度読むのをやめて教科書レベルのことを確認した。遠くなったレーニンの時代があり、大きな影響を残し続けるスターリンと第二次世界大戦の時代があった。スターリンの死後しばらくして、スターリニズムとの距離を模索する時代へと動き始めていた、くらいの雑な理解をしてまた本に戻った。
ゴルバチョフやサハロフなど政治的な主要人物がいる。他方で、そこに生きるひとりひとりにも個別のストーリーがある。有名人に限らず、その時代を生きた人を幅広く取材したことに本書の特色があるように思う。レーニンの側近やその子孫、共産党幹部から農村や炭鉱で働く貧しい人まで、ときに一人称で取材プロセスも交えながら書いている。
たとえば、「第14章 地底の革命」の炭鉱ストライキは印象的だった。
シベリアの町メジドゥレチェンスクの炭鉱労働者のグループがシフト班長ワレリー・ココリンに率いられてショビコボ炭鉱でストライキに入ったとき、「下からの革命」は始まった。主たる争点は石鹼だった。炭鉱労働者らは装備の貧弱さと、仕事がきつく給与が低いこと、食料供給が乏しく各種手当がないことにも怒っていた。だが、彼らを最も苛立たせたのは、体の隅々に入り込んだ粒土と、仕事から帰宅しても体を洗えないことだった。石鹼がないのだ。(上p347)
シベリアの炭鉱労働者にはメディアとイメージに対する直観があった。彼らは大いにテレビ受けし、かつそのことを理解していた。仕事をしていないのに、集会には、石炭のほこりで汚れ、ヘルメットと油染みた作業着と長靴姿という「炭鉱労働者」の身なりをしてやってきた。夕暮れには、炭坑用安全灯を点けて、一段と絵になるイメージをつくり出した。まるで数万匹のホタルが広場に侵入し、凶暴化したかのようだった。むろん、演説者たちは同市最大のレーニン像の足元に交替で登場した。このアイロニーは誰の目にも明らかだった。(上p349)
共産党はテレビを通じて労働者のストライキを非難する。労働者はそうしたメディア状況を意識しながらストライキをする。そのストライキが求めているのは石鹼である。
このような錯綜した状況を示すエピソードの数々は、さらっと読み進めることを拒む力がある。なんでこんなことになっているのかと、立ち止まってしまう。
個別のエピソードを積み重ねるので、全体を見通すのが難しく、体系的にすっきり理解できるという風には書いていない。複雑なものを俯瞰しすぎずに見せている。
人々の生活を拘束していた理念が終わりに向かっていく。歴史的な出来事はなぜ歴史的なのか。当たり前だけれど、教科書には書かれない個人がいることを、ときには思い出したい。

