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ハナマル書評通信簿 富岡幸一郎

日本経済新聞 2000.12.31 評者・富岡幸一郎
 沢木耕太郎『血の味』(新潮社)

  • ノーブランド品

 かつて、一世を風靡したブンガク風味「ノンフィクション」のメジャーブランド「沢木耕太郎」が「小説」を書いた。もちろん評判になる。なるが、しかしだからってそれだけじゃもう商売にならない。まあ、過去の遺産はしこたまあるはずだから別に食いっぱぐれもしないでしょうが、いったん華々しく名前を売った記憶を持つシトの常で、いつも自分は第一線というスター意識が結構うざかったりする。メジャーのプライドってやつが許さない、のかも知れないけど、でも、かつては「若者」の代表みたいなフシもあった沢木も、今となってはただのベタな団塊オヤジの典型。そこらへん、どこまで自覚なさってるのか、やっぱり謎だ。*1

 で、そのオヤジが小説ときた。眼のぶっとんだスポーツライター系はもちろん、「豊かさ」に甘え腐った海外放浪を脳天気に垂れ流すタコなアートバカまで、広義のノンフィクション界隈を未だクラ~く呪縛する伝説の沢木節(笑)をコマ切れに炒め、いまどきの少年犯罪ネタと和えて、一丁あがり、てな一品。十五年前から書き始め、十年前に書き終えていた、というふれこみらしいけど、お~いほんとかあ、それは。

 小さなものも含めて、提灯つけた書評もいくつか散見したが、富岡幸一郎のこの書評は、なんか悪意があるんじゃないかと思うくらい中身がない。というか、マジ、あらすじ紹介だけ、なんだよね。やる気がないのか才能がないのか判断に苦しむけど、ただいずれにせよ、その空疎な語り口がかえって「沢木」ブランドの〈いま・ここ〉を逆に浮かび上がらせることになってたりするから、書評ってのはおもしれえ。「「殺す」という一瞬の行為、その跳躍が少年の肉体を震わすとき、ほとんど無意識の犯行を生じさせる」なんて一節、あの「一瞬の夏」をあてこすってるパロディみたいなフシさえ感じられて、でも、それって単にこんな読み方するあたしが性格曲がってる、ってことかあ?

 それにしても、「ノンフィクション作家」って日本語のもの言い、外国人に向かって、どう説明したらいいんでしょ? 外国語に詳しいシト、誰か教えてください。




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