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ブロクリ2024参加作品を読む:23日目(たぬきさん「セルフバースデーイベント2022~オトナになるって難しい~」)

余談

この季節になると思い出す。(筆者注:ずいぶん時間が経ってしまったが書き始めたのは3/7だったのである)大学受験。前期はものの見事に落ちた。後期の結果を家で待っていた。今から思うと全く恐ろしいことだが、滑り止め受験はしていなかった。予備校を考えたりもしていなかった。後期試験は小論文のみ。判定的には安全圏だし、国語は得意でテーマに沿った文章を書けたという自負もあった。しかし、筆者のように前期の大学からランクを落としてどうにかここで落ち着きたい、という人がどれだけいるか。後期の枠は前期に比べて圧倒的に少ない。ほんの些細なことが、合否を分ける可能性もある。

発表時間が来た。遠方なので、大学の公式サイトでの確認になる。だが、アクセスが集中して繋がらない。マウスを持つ手が震えている。リロード。繋がらない。リロード。

前期なら余裕だったはず。さっさと受かっていたら今頃はプレ大学生を謳歌できていたのに。最初からここを受けておけば――。

思考はまとまらず、逃避先を探して筆者は「Live2ch」を立ち上げていた。よく考えればそんなもの入れていなければ前期でなんとかなっていた気がしなくもないが、とにかく巡回していたスレッドの新着をチェックする。後期受験先大学のスレッドの勢いが早い。前期合格発表の時も見た流れだ。

とすれば。

やはり、合格者の受験番号を書き込んでいる香具師人がいる。凄い数のレスが付いているのもわかる。あった! 神降臨! ガセ!……レスの種類は多様だ。実際、同じ学部の書き込みがいくつかあり、示されている受験番号は微妙に違うようにも思えた。嘘を嘘と見抜ける人でないと、インターネットを使うのは難しい。

掲示板を撮った画像をUPしている人もいるが、これまた別の大学ではないか、昨年のものではないか、と情報戦の様相を呈している。その合間に、直に確認できたのかどうか、新生活に胸を膨らませる書き込みや、(自称)先輩たちのお祝いの書き込み、落ちた人々の怨嗟の書き込みもある。

画面の向こうに渦巻く様々な感情にくらくらしながらスクロールするが、もとより苦手な数字をこういう場面で正確に認識できるわけもない。焦りばかりが募っていたが筆者は気づく。受験番号で検索をすればいいんだと。

果たして拍子抜けするくらいに、「HP見られない人用」書き込み、自分の学部分にその番号はさらりと載っていた。複数IDでの書き込み、そのいずれにも、ある。体温がドッと上がるのを自分で感じた。

とはいえ嘘を嘘と(ryであるから油断は禁物である。ようやく繋がったHP。そこにもはっきりと自分の受験番号があった。どんな順で誰に合格を知らせたのか覚えていない。

翌々日、入学に関する書類がぎっしり詰まったレターパックが自宅に届き、ようやく合格の実感が湧いた。自分の人生を自分が切り開いたのだ、と。

母校の離任式に出席した。基本的に来ているのは進路の決まった人間ばかり。早くも装いが「はしゃいでいる」連中もいる。在学中眉1つ整えるだけでうるさく言われた同級生たちのメイクは筆者の目から見てもぎこちなく見えた。式が恙なく終わり、ここを訪れるのも本当に最後だろうと思って制服・体育館シューズのまま、漫然とシュートを打った。ガイイイン……。というゴールに嫌われる音が響く。

そこに同級生が現れた。

どこから聞き及んだのか、筆者が県外に進学することを知っていた。そして、自分は鹿児島の大学に進学するのだと続けた。

彼女は、「鹿児島の家庭に生まれた長女」だった。

もちろん鹿児島の大学にも素晴らしい点は大いにあり、彼女の目指す進路にも応えてくれそうでもあった。しかし、その進路によればいずれ鹿児島に戻ることを踏まえても、筆者より何倍も賢い彼女の頭脳・知能を最大限に生かすことを考えても、彼女は県外に進学した方がいいように筆者は感じた。とはいえ何も言えなかった。筆者が考える何倍も何十倍も彼女自身はこのことについて考えたのだろうことに、週明けこの街を去る自分が果たして何を言えるだろう。

「ちょっと近くなるね」

ようやく、そんな実にどーでもいいことを筆者は言葉に出した。(彼女の家から高校までと大学までは同じ路線上にあり、高校より大学の方が家から近い)

「ウケる」

それだけ言って彼女はシュートを打ち、スパッと音を立ててゴールに通した。

2年が過ぎた。彼女の妹さんが筆者と同じ大学に進学することになり、様々質問に答える形で久々に話をする機会があった。端々に妹さんが県外に出ることの気遣いと同時に、羨ましさが滲んでいるように感じて無理もないと思った。同時に、やっぱりあの時、筆者は怒ればよかったのではないかと思った。憤ればよかったと。彼女のご両親だとか、進路指導だとかそんなものではなくてもっと大きくて長く歪な不条理に。

 

ぬくぬくと県外で4年間のモラトリアムを過ごし、帰郷し、就職し、転職し、伴侶を得た。

何の気なしに携帯の通知に来たニュース。

www.nikkei.com

後期の枠は前期に比べて圧倒的に少ない。ほんの些細なことが、合否を分ける可能性もある。

ああ。

過去の予感が最悪の形で回収されたのを感じた。しばしば大学受験というのは「純粋な学力だけで評価される最後のチャンス」だと言われ、筆者もそのように信じてきた。自らの努力で大学進学を掴み取ったのだと思ってきた。落ちた人は自分に比べて努力が足りないのだと。

しかしこの知らせを経て、筆者が「男性で」「現役だから」「総合的な判断で」合格にして「もらった」可能性がゼロとは言い切れなくなり、自らの成功体験の揺らぎ、顔も名も知らぬ誰かを踏みつけた感覚に眩暈を覚えた。

 

また時が過ぎ、筆者は子を授かっていた。幼稚園は田舎でも激戦であったがどうにか席を得ることができた。通っている幼稚園は規模は大きくないが様々な経験を得て、自宅育児よりも確実に大きく成長したと感じられる1年を子は過ごしてくれた。

他方で、幼稚園児の父となると、それまで耳目に入らなかった情報も沢山入ってくる。各園の特色、または欠点、そして進学実績。

「お受験」である。

今のところ我が子を「お受験」させるつもりはないが、しかしそれは可能性を潰してしまってもいるのではないか。筆者は自らの選択として県外に出て鹿児島県に戻り、妻子と暮らしている。しかし、子からすればいわば筆者のエゴで田舎で過ごしている、ともいえる。オンライン配信の充実による見せかけの「地方格差の解消」が進めば進むほど、実際の体験価値はますます高まるだろう。

美術館の数。博物館の数。商業施設の数。イベントの数。どれも都会と比べて大いに劣る。せめて子供のうちから「いい学校」に通わせて、本人が見たい触れたいと思った時にアクセスがしやすい環境に導くことが親の務めではないか――そのように考えたこともある。

一方で都会がその発展を謳歌する上で忘れてしまった「余白」とでも言うべきものがまだこの地には残っている、とも思う。野っ原を泥んこになって駆け回る子を見るとこれでいいじゃないかという気持ちにもなる。

他方で先述したようなことがあったし、先月もこういう記事があった。

373news.com

少し前にまたバズっていたが、「さす九」と言われるようなことは平成に生まれ育った筆者の周りでも存在したし、今もまた存在するだろう。しかし筆者もまたその一人として、それを次代に引き継がないように抗っているつもりだ。

今、娘は3才。彼女が大きくなった時に鹿児島に生まれてよかったと思うように日々を公私誠実に生きていくことがまずは筆者のすべきことだろう。

 

「入学後は同じ授業を受けるのに…」中学入試の合格ラインに男女で40点もの差、その正当性は?《関西にも「男女別定員制問題」》 | 文春オンライン

さて初報以降継続的に追っていた「不正入試問題」に関連して、ある日こんな記事が目に留まった。2022年の記事。娘が生まれて約半年ごろ、男女格差に殊更に敏感になっていたということもあるのかもしれない。

一読して、筆者の記憶はさらに巻き戻る。

隣家のRお兄ちゃんがまさに夜を徹して勉強しても届かなかった進学校ラ・サール中学校。鹿児島県において、まさに「別格」とされる偏差値と進学実績。自分が5年生になり、親友のYに誘われて「ラ・サール受験塾」とでも言うべき塾の入塾テストを受けた。テストは、夜8時に始まり、家に帰れたのは10時だった。眠くて仕方がなかった。いつもは9時には寝ていたのである。

Yは塾の先生にテストの結果を絶賛されていた。筆者はこれから頑張れば大丈夫だよ、と声をかけられた。小学校のテストでは見えなかった、明らかなYとの学力の差を実感した瞬間だった。

しかしそれは乏しい筆者の闘争心に火をつけた。ここから2人のライバル伝説はさらに過熱していくゼ……くらいに思っていた。

ライバル伝説はそこで凍結された。我が家は「無料の入塾テストを受けてみるのはいいが、入塾は家計的に無理」という結論が出たからである。その後Yは不断の努力によりラ・サール合格を勝ち取り、のち赤門をくぐり、上場企業の課長として立派な人生を歩んでいる。それでありながら、3.11の際には筆者を(就活にぶつかっていた)下宿先に泊めてくれたり、結婚式に呼んでくれたり、三十路を過ぎて大晦日にあえて冷たいうどんを食す愚行をともに成し遂げるなど、筆者にはもったいない友人でもある。

そんな友人を誇りに思う気持ちもあり、愚かしいことに今までの人生で全くと言いほど考えたことがなかった。

「鹿児島県に生まれ育って、Yくらい頭のいい女の子ってどこに進学したらいいの?」

ということを。ラ・サールは、男子校である。

www.minkou.jp

どれくらいのデータをもとに成り立っているのかはわからないが、当時の肌感覚とあまり違わないように思う鹿児島の中学偏差値ランキング最新版である。

トップのラ・サール中学は偏差値66。次点の志學館中学は偏差値58。偏差値至上主義に乗っかるようで気分が悪いが、ドライに数字で考えれば現在において鹿児島の女子が進学可能な一番「かしこい」中学に行ったとして、男子と偏差値において8の差がある。無論分母が違うからこの偏差値をそのまま高校、大学に当てはめるのは危険だけれども、偏差値が8違うというのはかなり大きいのではないだろうか。ちなみに筆者はこのランキングでいうと鹿大附属中を受験してくじ引きで落ちた。ラ・サール受験塾に入塾できなかったことと並んで、「おれって主人公じゃないんだなあ」と悟った出来事であった。

偏差値66と同等の女子が進学できる中学を先ほどのサイトで調べてみると、一番近くて福岡の久留米大附設中学(偏差値67)、その次となると関門海峡を越えて、大阪の四天王寺中学(最難関コースが偏差値68、次点が64)まで行かねばならない。男子であれば自転車で通学できる距離にあるものが、様々な犠牲と覚悟を払わなければ得られないのだ。

ちなみに大阪では偏差値55の中学群は70位。もちろん、単純にその上に69の学校があるわけではなく同じ学校でコースが様々あるわけだが、田舎と都会の教育的選択肢の多さを端的に見せつけられた思いになる。

では、「初めから都会に生まれた賢い女子」は恵まれていたのだろうか?

上記の記事を書いたのは「てぱとら委員会」という方々であった。近畿圏の中学受験を勝ち抜き、女子最難関の学校へ進学した同級生の皆さんで結成されたサークルである。

その彼女たちの理路整然としかし毅然とした怒りのこもった筆致を浴びた読者諸賢であれば、筆者の問いが愚問であることは当然ご理解いただいていることだろう。

昔から「田舎の神童都会に出ればただの人」という言葉がある。逆に言えば、田舎にとどまればずっと神童でいられる可能性がある、とも言えないだろうか。

ここまで田舎の学習的負の側面をつらつらと話してきたけれども、都会にいれば十把一絡げの人材も地方では有用に見なされ、教育的リソースを割いてもらい、結果心身共に健やかに成長する、ということもあるのだろうと思う。恥ずかしながら筆者もYに出会うまでは自分が天才かもしれないと思っていたし、その勘違い、背伸びがあったからこそ手にしたスキルだってあったと思うのだ。これが都会に生まれて早々に身の程を知っていたら、このように休日の昼下がりにつらつらとお金を生むわけでもない駄文を書き連ねられるような人生は送れていなかったかもしれない。

とはいえまさに「田舎の学問より京の昼寝」という現実も横たわっているのだが……。

そして京(近畿圏)で昼寝どころか朝も夕もなく受験勉強をさせられ続けたてぱとら委員会メンバー諸賢。同じコースには近畿圏どころか全国規模の難関校、灘を受ける男子がいる。彼らに実力は匹敵していても、上回っていても、通える範囲にあるのに、女子であるだけで進学することは出来ない。こんな理不尽なことが彼女たちの時代も、そして今もなお、平然と存在している事実、そしてそれを然程問題視してこなかった自分に改めて目眩がする思いであった。

今回寄稿してくださった、たぬきさんはその「てぱとら委員会」のメンバーの一員だったのである。

とはいえ、筆者はたぬきさんを「ハロヲタ」として知り、フォローしていて、「てぱとら委員会」のメンバーとしては認知していなかった。ただ、たぬきさんを知るに至った、共通の友人である当企画にも寄稿いただいた柚樹さんと同様に筆者が引っ掛かるけれど日々に押し流してしまっている諸問題をキャッチアップし、筆者のような人間に啓蒙してくれていることがしばしばあり、同性婚合法化にまつわる裁判所判決を読むいなだ易のスペースにも参加されており、そこからいなださんとたぬきさんが同じサークルのメンバーであることを知った。

そこからサークルブログを参照し、またメンバー諸賢のブログを拝読したりもした。

dashimaki.hatenablog.jp

サークルブログでやっていること、大体オモコロでめちゃくちゃ面白い。〇女子トレンド推移とか氷のように正確な狂気が熱情とカクテルされていて大変好きなんですがさすがにワンクッション挟むことにします。(上記記事も面白いので読んだ後関連記事から飛んでね)トレンドをあんまり気にしない人が多くてびっくり。トレンドの推移で「あ、本誌で○○死んだな」とかあるあるじゃないのか……。

note.com

メンバーの皆さんの記事もそれぞれ読み応えがあり、例えば大学時代、やはり今思えばマッチョイズムであった文芸サークルに在籍していた筆者からすれば上記記事は読みながら申し訳なさと恥ずかしさで思わず奇声を上げて路上を疾走しそうであったし、

note.com

筆者がその想像力に恐れ戦きそれ以上踏み込めなかった「嵐が丘」に対してコモンロー批判文学としての立場を分かりやすく示しつつ、エミリーの作品に仮託した嘆きが今の日本においてなお準用されうるという厳然とした事実を提示する構成には感嘆するしかなく、

hxmxbx.hatenablog.com

お受験フェミニズムが必要だ……という考えに至った。

ので、購入し、読んだ。

一読して……というか最初の「座談会」のあたりで、妻にも声をかけ、一緒に読んだ。

娘が寝てから4時間ほど、その内容について語り続けた。妻もまた、中学受験を経験した人間であった。

前述の医学部問題の時憔悴していた筆者について妻は「今更なんだよ」という気持であったという。中受験界隈では公然の秘密だったのだろう。

『私たちの中学お受験フェミニズム』には「誰のための受験か」という項があり、特に妻は感じ入っていたようであった。通っていた塾の「実績」のために遠征し、受験をする。実際にその学校に魅力を感じても「親族の夢」であった地元の私立に進学することになる――彼女にとって、その日々が今もなお筆者に事あるごとに語ってくれるくらい、宝石の時間となったのは幸いであったけれど、もし妻が男性で、自分の学力に適正な学校に進学していたら、果たしてどうなっていただろうと思わずにはいられない。

そして改めて、我が子のことを思う。もしかしたら、娘が中学受験の年齢に差し掛かったころにはラ・サールも共学になっているかもしれない。

灘に先駆けてその決断をしてくれたら、間違いなくラ・サールや鹿児島は未来の日本を牽引する一大勢力となることだろう。

本題

余談が、ながくなった。まさか書き出してからここに至るまで、3カ月もかかるとは思わなかった。寄稿いただいてからはまさかの半年近くが過ぎてしまった。

ponpokotnk.hatenablog.com

一読した瞬間様々な感想があふれたはずなのだが半年前の自分なんてカスのおっさんなのでもはや忘却の彼方である。

バーイベと言えば当ブログ読者諸賢におかれては、

exloyks.hatenablog.com

こちらも記憶に新しいかと思うが、時系列的にはそれよりいち早く開催されている。筆者もしようかな、バーイベ。

集ったメンバーはてぱとら委員会の皆さんで、その事実だけでおっさんは既にちょっとグッときてしまったりするのである。中学受験が正しいのかどうかなんてわからないしどう見ても歪んでいるけれど、このイベントに集う人々の熱、たぬきさんへ注がれる愛があるというだけでその日々は明らかに意味があったのだ。

先ほどの「私たちの~」を読んでいても、一番ほっとしたのは「座談会」を読んでいるときであった。読んでいるだけで息が詰まるような日々を抜けて、こんな風に座談を出来ている、もちろん今までも、今も、現在進行形で様々な困難や理不尽があるけれどもその瞬間は間違いなく「正しいことの白」の中にあるのだ。それを筆者が「ジャッジ」してしまうように見えると恐縮だが、思い入れを持って追いかけていたストーリーの登場人物たちの理想的な後日談に触れられたような気持ちになる。

既にバーイベ・発表会をこなしてきた猛者たちなので「やろう」「やろう」そういうことになった夢枕獏並みのスピードで話が進んでいき、残念ながら横アリでの公演とはならなかったものの(これが2025年問題か~)無事ハコも決定(ブログは三回忌に間に合わなかった……。)。メンカラも周知してもらったところで開幕である。

オープニングはスマイレージ。いわゆる「4スマ」期の曲である。たぬきさんと同じく多感な時期にスマイレージに触れ、「なんちゅう美少女集団をなんちゅう方法で売り出してくれたんや……」と慟哭しながらもとりわけ「ゆうかりん」のオタとして応援していた妻。彼女の大切にしていたロングヘア―のバラエティー的断髪、二期生加入に堪忍袋の緒が切れ、その卒業を持ってハロプロ自体への温度も下がってしまった……ということは、筆者がハロプロ関連のコンテンツに触れるたびに地縛霊の様に開陳されるエピソードであった。

実はたぬきさんも二期生加入時にファストフード店で友人に支えられながら大いに取り乱したという逸話の持ち主なのだが、現在も立派な和田彩花さんとアンジュルムのオタクである。あるいはこれも、周囲に48Gの風が吹き荒れながらも孤軍でハロオタをしていた妻と、良き友人を持ったたぬきさんとの違いなのかもしれない。しかし48界隈でオタ的親和性を高めた我々夫妻が2人してプデュにドはまりし、その結果たぬきさんと筆者が交流を持てることになるのだから世の中禍福は糾える縄の如しとはよくいったものだ。

open.spotify.com

たぬきさんバーイベが2022年、ブログが2024年末、そして今2025年6月にこの記事を書いていることの何がいいかというと、℃-uteがサブスク解禁され、このようにリンクを貼ることができるようになった点である。筆者は今回始めて聴いたが、タイトルから想起される曲調とはギャップがあってコーラスなどにいわゆるつんく♂感を覚えた。中間管理職の悲哀として染みる部分もあった。

ハロプロのサブスク解禁基準は「活動終了したグループ」らしく、モーニング娘。アンジュルムへ改名したスマイレージは対象外(似て非なるものじゃないじゃん)なのだが、タンポポ#は2009年に「赤いスイートピー」のカバーからキャリアを開始、2011年以降活動はなく、メンバー4名中3名が芸能界を引退しているのにも関わらず、唯一のオリジナル曲である「アンブレラ」はサブスク解禁されていない。復活するのか?

たぬきさんが琵琶法師のように歌い継いでくれなければ筆者は永遠に知ることはなかっただろう。ハロプロってそういう曲多すぎませんか?

続いてMC。たぬきさんのしゃべりことばはいずれ武道館公開収録が予定されているPodcast「午前3時の未明ラジオ」で聴くことができるが、淀みなく、ユーモアとロジックとパッションを感じられる。スマイレージ2期加入時号泣エピソードなど、バーイベ記事の副読本とも言える内容になっているので必聴である。先に聴いていくことでMCの語りがCV.たぬきさんとなり、より没入感を味わえるだろう。

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調べ学習発展版、気になりすぎる……。

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続いての選曲は再びサブスクで聴くことができる。「ギターでも弾けたなら……」がまさに顧客が必要としているつんく♂節という感じで最高である。ももちさんの声は雑踏をかき分けて入ってくるパワーがある。

再びのMC。この年から今に至って生成AIの発展と普及もあり、インターネットでできることはますます増えた。しかし、インターネットはインターネットにあることしか教えてくれない。あの頃、最寄りのファーストフード店に集まって交わした他愛のない話は、インターネットが教えてくれることは絶対にないのだ。「友人」「パートナー」としての側面が注目されつつあるAIだが、それによって一層現実の生身の友人の大切さが重要になっていくのだろうな、ということが身に沁みて感じられた。

それはそれとして、

\インターネットーーーー!/

ダンス、歌唱、ファンサ……アイドルという総合格闘技の「プレイヤー」として更にたぬきさんの自己が高まり、応援している人々への敬意もまた増幅して、バーイベは幕を閉じる。文章は2年前の出来事の振り返りとは思えないほどみずみずしく、楽しさがビシバシと伝わってきた。今から今年のバーイベが楽しみである。あとハロプロはいい加減サブスクを全面解禁しよう。

ええか!?/「良い奴」 (通常盤)




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