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ブロクリ2024参加作品を読む:13日目(青葉えるさん「会社で役職に就いた話」)

余談

青葉える先生と知り合ったのは2021年6月15日のことである。

なぜそんなに正確なのかというと筆者のフォローのリフォロー時に先生がわざわざお声がけくださり、筆者のリプライがtwilogに残されていたのである。こういった形でTwitterは――というよりtwilogが筆者の記憶代替装置として大いに貢献してくれており、どちらかというとこの代替が存在するかどうかがTwitterの二番手として筆者がどのサービスを選択するかの大きな要因になると思う。(つまり、現状どこにも完全移籍ができない)

例によってかずひろさんのスペースで話していた時に話題に出たのか、実際お話したのか……それは今パッと思い出せないが、かずひろさんが信頼されている方ということで一も二もなくフォローさせていただいたことは覚えている。

ELLEGARDENを敬愛されており、筆者は学生時代、愛好家の友人とカラオケに行くたび英語詞の歌ばかり聞かされるのでてっきりそういうバンドだとばかり思っていたが、社会人になって「ジターバグ」の真っすぐさが刺さって、先生に比べるべくもないが筆者としても小さく好きと主張しておきたいバンドだ。

Ryo兄さんと同じくフジファブリックも愛聴されており、3人それぞれ聴き始めた時期、特に好きな曲は異なっていたことがバンドの多面性と懐の広さを表しているようで興味深かったことを覚えている。その音楽愛はヘッドホンを突き破って会場に達し、しばしばイベントにも参加されている。

かずひろさんの年末一大イベントブログプレゼンスペースでも紹介されたACIDMANのイベントをはじめ、直近のBACKHORN単独やARABAKIなど、筆者など実際参加するより先生の記事を読んだ方がそれぞれのバンドの音楽を感じられるのではないかと思うほどの臨場感、音と熱気が伝わってくるようだった。

kazurex1215.hatenablog.jp

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特に先生が大切にされているバンドELLEGARDENへの向き合い方がとてもよい、他のバンドに対しても今さっき見て書いているような血の通った文章がたまらない名レポートである。

もちろん、その感受性と語彙の豊かさで紡がれるレポートは音楽ばかりではなく、多才さを物語るかのように多彩なエンタメが主に年末・年度末に記事という形でまとまって上梓されるので「助かる」というやつである。自分が既に摂取したエンタメであれば先生はこう読まれたのだなと参考になるし、未知のものであれば今後の摂取エンタメの優先順位の上の方に繰り入れていく。特にwebマンガの網羅ぶりときたら筆者と先生の1日は同じ24時間であるのか疑いたくなるレベルである。今年度もログさんとのマンガスペースがあるようで楽しみである。

(この感想記事の進行の大ブレーキになるくらい大いに楽しかった)先日のスペースでも話題になった通り、ドストエフスキーの愛好家であり、アンソロジーに名を連ねたこともある。(なおこのアンソロジーはテレビデビューしている)筆者も学生時代、教養の一環として読みはしたはずなのだが記憶の彼方である。新訳版であれば筆者の読解力でも理解しやすくなったりしているだろうか……。

ただ、寒い国の人が書いた文章だな、というのは伝わってきた覚えがある。クーラーもない自室で夏、勉強机に座って読み、腕と机の接地面は汗ではりつくけどページをめくる指先だけはひどく凍えていたような……。

そういった印象とドストエフスキー自身の人生の数奇さから筆者は件のスペースで「日光浴をしろ」「破滅系芸人みたいな人生」などと放言していたが、しかし丁度先月バズっていた「常夏の国ではドストエフスキーは生まれない」というような言説については明確に異議を唱えたい。一昨日には「作家は経験したことしか書けない」というハッシュタグ? もトレンド入りしていたが当然これもノーである。

エミリー・ブロンテという作家が「Wuthering Heights」という作品をかつて書いた。斎藤勇の名訳によって「嵐が丘」と邦題を冠されたそれは、世界十大小説とか、世界三大悲劇とか言われるいずれにせよ世界の名著であって、現在の研究によってその内容は(舞台は彼女が過ごした経験のある場所を参考にしたと考えられるとはいえ)モデルもエピソードもなく、エミリー個人の想像力によって生み出されたものと考えられている。多くの登場人物が時代を移り変わり入れ代わり立ち代わり現れる長編小説を絞り出したエミリーは残念ながら30歳で少しの詩と、この小説を残して早世した。

kimotokanata.hatenablog.com

30歳の時筆者はこういう記事を書いた。この記事で取り上げたニザンが亡くなった35歳にいつの間にかなってしまった自分に驚くが、創作を始めて今までずっと筆者の中で創作の中で最も難しいのは「自分と遠くにあるものを想像力の飛翔によって文章、作品という形に受肉させること」であり、だからこそやり甲斐があると思っている。極端な話、鹿児島在住の筆者が書いた作品を読んで「北国育ちならではの冬のリアリティが最高」と思われるような作品が出来たら最高だな、と思っている。

matanelemon.booth.pm

そういう作品を書いてるんだなあ~~青葉先生という人は。もちろん先生も人間であるから(推定)清濁様々感情はあろうと思うが、その感情をあるいは煮えたぎらせ、あるいは冷まして宥め、そうして生み出した登場人物の葛藤、決意、あがきを見つめては文章として落とし込んでいくというのは並大抵のことではなく、その仄暗さを主としながら、その対角のような最新青春作品集「恋とじて愛ひらく」を出力することが出来る、これが作家としての実力の高さなのであって、令和のエミリー・ブロンテであり(長生きしてくださいよ!)、比較的温暖な気候でもドストエフスキーが生まれることの証左と言えるだろう。

その鋭敏な筆致に触発され、先生を盟主として創作合評のようなことを行ったこともある。ブロクリ参加者の方も何人か参加され、活発な意見交換は筆者にとって大きな刺激となった。その成果として掌編がいくつかできた。活動がなければ決して生まれなかった作品である。

www.pixiv.net

青葉先生は「本物」であり、遠からず受賞され、細美さんと対談することもあるだろう。筆者としてはその足跡を辿りつつ、自らの創作の励みとしたいものである。

本題

余談が、ながくなった。

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筆者は26の時に新卒で入社した前職を辞して現職に一応役員という形で籍を置いている。組織図的にはボス、副ボス(ボスの伴侶)、各部門長という形になって筆者は総務部門の長という形になる。入社の時に名刺に刷る役職を決めるときには暫定として○○マネージャーという呼び名になって筆者も結構気に入っているのだが、メールのテンプレートにわざわざ入れていないので先方からはたいてい事務長と呼ばれることが多い。面倒で訂正もしないし名刺をよく読まない人なのだな(取引のハードルを少し上げて大丈夫だな)と判断ができるのでいい篩になっている。

「事務長」の呼称が好きではないのは長といっても総務部門は筆者ひとりなのである。中小企業であるのであるいは他の部門のスタッフが少しずつ総務部門に関わっているとも言えるが、昨年非常勤の事務スタッフがアサイン(かっこいいので真似をしてみた)してくれるまでは1人部署であった。というか、前職で顔晴れなかった筆者をボスが拾ってくれて拵えてくれたポジションであったので本来無くてもなんとかなるしボス以外全員女性、有資格者多数の職場であったので完全に「異物」であった。

「異物」の役割は明確で、生え抜きの人々は言えない、気づいても見て見ぬふりをしがちなところを指摘し、改善させることである。要するに小企業から中企業になるにあたっての様々な軋み、膿を早いうちに洗い出して企業体力をつけるのが筆者の当初のミッションであり、言ってしまえば嫌われ役である。本来ボスへ向かうヘイトを引き付けて結果を出す。スタッフの盾となるときもある。

やはり筆者も鈍感ではあるけれども人間であって、できれば人に感謝される仕事がしたかったのでつらい日々が続いたが、入職時と比較しておよそ10年で数々の指標はおよそ3倍になった。ボスの経営手腕の確かさが筆頭に来ることは間違いなく、その高い要求をこなしてきたスタッフの頑張りが数字になった。その一助になれてとても嬉しいし、ぶつかり合うことでお互いの角が取れ、スタッフとのコミュニケーションも以前より円滑になった。感謝の言葉をもらう機会も増えた。とはいえ「言われたくないことを言うやつ」ではあり続けなくてはいけないので思案のしどころではあるが……。

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また準余談が続いてしまったので改めて記事を貼っておく(アイキャッチか?)。筆者はそういうことで中小企業しか知らない。前職では様々な会社を見てきたけれども、いわゆる上場企業というのは無縁の人生である。部門長と言ったって屋根に登ってイルミネーションを飾り付けたりせせらぎを退治したり回覧板を回したり本棚を作ったりなど、その業務は多岐に渡り、それゆえの面白さや困難もあるが、基本的には半径10キロメートルくらいの世界を生きている。

なので、青葉える先生の語られる話は筆者にはドラマの中の世界のような出来事に感じられる。日曜劇場だな、と思う。そしてこの企業で誰か主人公を選ぶとするなら、先生にするだろうな、とも。

そもそも労働組合もない(特に不便もない)筆者の労働環境と違い、大企業の役職に就くということのなんと複雑で、困難で、人によっては不可解であることか。傍から見るうえではバルザックの喜劇のごとくであるが、当人たちにとってはたまらないだろうな、と思う。

しかしその中で先生が役職に就かれたのは筆者からすれば不思議でもなんでもなく、順当に布石が、伏線が回収されただけなのだろうなと思う。メンバー時代に見せた先生の辣腕と業務への理解度がきちんと評価された上で「ではSさんには駐在してキャリアを積んでもらってもリーダーは青葉さんがいるから大丈夫そうだね」という結論が上層部で下され、各員に確認され(外堀を埋められ)た上で先生ご本人に打診がいったのだろう。ジャパニーズ・ネマワシの鮮やかな活用を現実で見られて興奮した。各所で賞賛と祝福、尊敬を集める様にその判断が間違いないことが証明されている。

ということで「リーダー 青葉えるれ」編のスタートである。筆者の友人知人も役職者が増え、散見される愚痴は「プレイヤーのままでいてえ~~~ マネジメントなんてしたくねえ~~」であって、筆者も同様であった。目の前のことを黙々とこなすからそれでお賃金をくれ……。と。ただ筆者の場合は別にプレイヤーとして優秀という訳ではなく、ただ前述したようにアテ書きされたポジションであるから、あれもやりますこれもやりますをしていくことで嫌なことを言う分、組織への負担を減らしたいという気持ちがあったし、またその仕事の抱え込みによって自分のポジションを確保しようという卑しい気持ちもあった。

筆者の目から大粒の鱗を落とさしめたのはナイチンゲールの言葉である。

どんなに良い看護を充分に行なったとしても、ひとつのこと ― つまり
小管理 ― が欠けていれば、言いかえれば、「あなたがそこにいるとき
自分がすることを、あなたがそこにいないときにも行われるよう対処する方法」を知らないならば、その結果は、すべてが台無しになったり、まるで逆効果になったりしてしまうであろう。

フローレンス・ナイチンゲール『看護覚え書』より)

仕事を抱え込む、仕事に秘密の部分を作ることによって組織でのポジションを得ることによって傍目に貢献していたとしてもそれは自己満足でしかない。どころか、組織の埋伏の毒ですらある。古から言われているように、報連相を行い、自身の知識・経験を組織共通の財産とすることで組織だけでなく自分も救われるのだ。

実際、一度インフルエンザに罹患した時は「筆者しか把握していない仕事」によってボスはじめスタッフに多大なる迷惑をかけ、あまり好きな言い方ではないが、「見える化」を徹底した。PC上ではどうしても見落としが出るため、クソデカホワイトボードも導入した。そこから一度も病欠はないが、怪我の功名だったと言える。

部下、というか後輩スタッフの育成をするにあたって、また他部門長とのミーティングをする折に、「そんなことではナイチンゲールにガチギレされてしまうぞ」ということは現在もしばしばあり、課題である。筆者の様に卑しい根性ではなく、皆優しいので「皆大変だから私がやります」をやりがちなのである。特に部門長たちは全員それぞれの漆黒の前企業からサバイブしての転職組であり、「前の職場に比べたら、これくらい……」と無理をしがちであるし、「私はこれくらいできてた……」と無理をさせがちなので、気をつけている。

「それで気持ちいのはあなたであって、組織はあなたという優秀なスタッフに過度な負担をかけてしまうし、スタッフはそういう労働を組織がさせると思うから組織への信用が下がるし、お客さんはあなたのサービスが基準になって他スタッフが標準のサービスをした時に不満に思うこともある、よくないからやめようね」ということをしっかり伝えねばならないが、「身を犠牲にして頑張る私」モードの場合は筆者がそうであったように指摘する人間への反感に繋がるので、神経を使う。最近はコロナ禍も落ち着いてきたので経費でスタッフ同士で食事に行ってもらってそれとなく伝えてもらうようお願いをしたりしている。

それを踏まえると先生のプレイングマネージャーぶりはさすが抜擢を受けるだけのことはあると感嘆する。しばしばTLやスペースにおいて平六諸賢を粛清指導する様子を見ていたので教育係等の経験がなかったというのがにわかに信じられないが、先生の作品の構成力とそこに集う登場人物たちの筋の通りぶりを思い返すと少しも不思議なことではない。

読了してみればかなりのボリュームがある記事をさっと読み終えてしまった。作品のリーダビリティを仕事論にも持ち込む手腕もさすがである。読み終えるといつも、蜂を眺めていたような気分になる(黄背景に黒字なので)その鋭い針先――先生の視点が次はどこに向かうのか、楽しみと興味は尽きない。公私共にご多忙の中ご参加ありがとうございました。

 

 

 




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