余談
有難いことにブロクリ2024は次々続々と登録を頂き、賑わいを見せている。しかしやはり余裕を持って進めるべしという社会人の掟を把握している参加者諸賢たち、近々はなかなか埋まらない。
これは土日の間に今更数えきれない下書きの中から何とかお目汚しの記事を再び登録すべきか――そう思っていた矢先であった。
どうやら下書きは常に俺のところにあるようだぜ。書きかけのエッセイ、明日にぶちかますぜ。フィリップ、キーワードは「味ぽん」だ。
— 結騎 了 (@slinky_dog_s11) 2024年12月7日
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ハードボイルドの具現化のようなツイートがあり、そして翌日宣言通りに記事は投下されたのだった。
本題
余談ばかりのだめな僕の記事……になるわけにもいかないので、早速本題に入っていく。
何度か書いているが、筆者はアンジュルムの「愛すべきべきhumanlife」という曲がとても好きである。
この中からもう3人いなくなっちゃったんだなあ。
その中にこういう一節がある。
正解は押し付けちゃ不正解 やりづらいでしょ 現代人
今日もインターネットは争いが絶えない。
「正義の反対はまた別の正義だ」という野原ひろしだけは絶対に言っていないだろう言葉を思い出しながら今日の彼らの「トレンド」をなんとなく把握しながら、娘がいかに今日もかわいいかをツイートする。
「正しいことの白」にいたいという感覚はよくわかる。スゲーよくわかる。筆者もそうでありたいと思っている。
しかし一方で、あるホラーゲームの「プレイヤーを襲ってくるやつらは主人公から見ると化け物なのだが、向こうからすれば非常に素晴らしい環境なので仲間に入れたくて襲ってくる」という状況を思い出し、自分が相手にとってそうなっていないか、とも思う。
筆者はあまり「SNS疲れ」というものを感じることはないが、「断定口調のツイート」を見た時にどれくらいしんどいかどうかで今日の体調がちょっとわかる、ということはある。断定できたら楽だよな、うらやましいな、という嫉妬もあるかもしれない。
ちゃんとエビデンスを拾っていくと「絶対にそうである・そうでない」と言い切ることはなかなか難しく、だからこそ「断定」には力がある。「この人は自分にない根拠を何か持っているのだろう」と信じたくもなる。ただ、その根拠があることはあまりないのだが……。
筆者は「努めて冷静にしようとしても滲み出る激情」を観測するのが好きなので(やなやつ)以前はWikipediaの「議論されているノート」を見るのが結構好きだったのだが、最近はTwitterのコミュニティノートにその萌芽を見ることがある。
コミュニティノート自体はいい機能だと思うが、特に元ツイートが断定的だとコミュニティノート自体も語気が強くなることがあり、難しいなあと思う。あまりそこに、「コミュニティ」は感じられない。
揶揄されてた時のBLEACHの戦闘みたいに見開き技を見開き技で返すみたいな、もう少しラリーを続ければいいのに、ということを感じてしまうこともある(もちろん元ツイートがそういうのに耳をかさないやつであることがほとんどであるが……)
更に恐ろしいのは記事の例を借りれば「ミツカン泥沼お家騒動を知らないのですか?」というような全然話題のコアではない部分の言いがかりをつけられることもあるのでまことインターネットは魔境である。
昔がよかった……と簡単に筆者は言えない。それは犯罪率や夜の闇の暗さや子どもの死亡率を見ずに「三丁目の夕日」的昭和を回顧することと違わないからである。
しかしかつてすべてがあった、少なくともすべてがあると錯覚させるだけの魅力があったインターネットは検索すればAIが嘘をつき、カネを出した奴の意見が優先して掲載されるようなものに成り下がるとは思っていなかった。車もしばらく空を走る予定もなさそうである。
昔インターネットだから話せたことはいまやインターネットでだけは話していけないことになった、ということも大いにあるだろう。
筆者においてはインターネット有象無象なのでともかく、結騎さんなどは界隈でポジションを築かれていることもあり、そのご苦労たるやいかばかりか……とも思う。界隈において「結騎さんの記事」を棍棒に殴り合っている人々を見たことも一度や二度ではない。君たちは平成ライダーを見て「事前に話し合い情報を共有していれば無駄な争いはしなくていい」ということを学ばなかったのかと言いたくなる。
先ほど紹介したアンジュルムを卒業して日プ女子に挑戦、今はME:Iのリーダーを務める笠原桃奈(MOMONA)さんは自ら書いたリリックでこう述べた。
二分化される概念には本質なんてNothing
まさにパンチラインというべきだろう。あ、神尾彩乃さんデビューおめでとうございます。
日プ女子という劇薬に対する解毒としては林拓郎さんのnoteが一番であると筆者は考えるが、結騎さんが述べられる「正解か不正解かという二択への疑念」への解答もこれに勝るものはないと考えている。日プ女子未見でも日常に刺さる内容となっているので、ぜひ結騎さんの記事と合わせてお読みいただきたいテキストである。
「潔癖さ」「許容のなさ」が今のインターネットを狭くしている一因であることは間違いないだろう。
そして世間や自分を広く寛くしていくためには、断言口調で許容しない潔癖さが切り捨てていったものを一つ一つ拾い集め、積み重ねていくしかない。近道はない。これは筆者が数少ない断言できることである。
あと、馬路村ポン酢がおいしいということも断言できる。
