余談
その時筆者の手には汗が滲んでいた。
なんのことはない、「申請」ボタンを押して、スッと入っていけばいい。「どうも~私も特撮が好きで……」それだけのことじゃないか。
とはいえ実生活でよさげな小料理屋さんを見つけて暖簾をひらりと「やってる?」なんて粋なムーヴをしたことなどいまだかつてなく、松屋を偏愛する理由の一つに「食券式だから」が上げられる筆者にとってそれは並大抵のことではなかった。
その間にも新たな参加者が入り、談笑の輪がさらに広がる……。一刻も早くそこに飛び込みたい気持ちと、そこまで賑わっているならもういいじゃないか……という気持ちが並行して筆者の周りをぐるぐる回っていた。
「聴いてくださってる方もね、よかったら遠慮なさらずに」
やわらかいアクセントの言葉が筆者の心理を見透かしたかのように耳に入り、とうとう意を決してくぐった暖簾の先にいた「大将」がかずひろさんであり、小料理屋の名は「スペース」と言った。
いにしえのインターネット利用者……インタネタターにとって個人情報というものの重さは計り知れないものがあり、四半世紀ほど前からwebに生息していた人間としては高校時代の「クラス掲示板」で実名でやり取りする様に「うひい」となり、大学時代mixiでの赤裸々なやり取りに「どひゃあ」となり、社会人になってのFacebookでの顔出しに「ぎょえええ」となっていたものであった。
そういったことだからかつてTwitterが自前で画像アップロード機能を持たなかったとき、twitpicを選択してしまい、今は当時の思い出はインターネットの塵芥となってしまった。あの時連携にInstagramを選択していれば、また別の人生があったかもしれない。
ともかく、そういう精神で生きてきたので「声を衆目に晒す」ということはかなり抵抗があった。そもそも自分の声が好きではない。いつも鼻づまりでくぐもった低い声。何か確認したいことがあったとき手段が電話しかないと諦めてしまうことも多い。聞き返されることもしばしばであるから双方ストレスを受けたくないだろうと。
しかしそういったことを振り払うほど、かずひろさんのスペースは楽しそうであった。筆者はディスプレイの向こうのトランペットを見つめる少年のように歓談の様子を眺めていたが、参加したら本当に楽しかった。
仲の良い友人の多くは都会で活躍しており、地元の旧友も前職の忙しさに誘いを断り続けているうちに疎遠になり、リアルな人付き合いはほとんどない。(今もSNSで交流してくれるリアル友人のみんな、本当にありがとう)職場はボス以外女性なので退勤後に食事を、ということもない。
逆に言えば妻がいさえしてくれたら日常の充実には全く問題がなかったということなのだが、いろいろな過程をすっ飛ばして趣味の話をできるのがこれほど楽しいとは思わなかったし、音声だから伝わるニュアンスというのが間違いなくあった。筆者は飲み会という「儀式」があまり得意ではなかったが、集まってこういう話をするのが楽しい人たちにとってはコロナ禍の外食自粛はさぞつらかったろうとも思った。コミュニケーションに温度を感じた。
しかしそれは「スペースだから」ではなく、「かずひろさんだから」なのだともいくつかのスペースにお邪魔したり拝聴したりするうちに感じるようになっていく。生来の気遣いのやさしさがその運営ににじみ出ているのだった。
妻は出産を控え、入院した。筆者は先ほど言ったように日常の充実のほとんどを担っていた人と離れ、大変気落ちしていたがTwitterを開いてかずひろさんのスペースという赤提灯がともっているのを見ると元気を取り戻し入室するという日々が続いた。
無事娘が誕生し、子育て初期のことである。筆者は育休中、妻は日中の育児を終え、筆者が引き継いでいた。深夜、娘が目を覚ます。よくあることだ。おむつを確認。ミルクを与え、げっぷをさせ、さあお眠り……。
寝ない。
今振り返れば、「そういうこともある」なのだが、娘はお手本のように3時間ごとになにかふにゃふにゃと起き、そして寝るというサイクルであったため、初めてのエラーであったその日に筆者は狼狽した。熱はない。空腹でもないはず。抱いているとおとなしい。ゆらゆらとしていればうとうとする。いつもの必勝パターンで布団に寝かせ、腕を引き抜こうとするが、寝ない。
かれこれ一時間は格闘しただろうか。
どうにもこうにもどうにもならないそんなとき……。
かずひろさんのスペースは、やっていたのである。終電を逃されたか、飲み会帰りだったか……とにかく深夜のスペースに筆者は大いに救われ、それが娘にも伝わったのかいつしか筆者の腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
その後もプライベートトピックがあればスペースで報告されたり、年末にスペースでブロガー諸賢が自らのブログ記事を紹介する企画を立てられるなど、活躍を上げれば枚挙に暇がないが、間違いないと断言できるのは、いずれにおいてもかずひろさんだから成し遂げられたということである。物腰は柔らかいが引いてはならない一線、超えてはならないラインを心得ているからこそ、心地よく参加できるし、安心して胸襟を広げられる場所なのだ。
とはいえかずひろさんは年下で、「接待」をさせてしまっていないか、という危惧は参加するたびいつもある(同世代で楽しくやっているなあというときは聴き専に回る時もある)その距離感については今後も気を付けていきたいところである。
かずひろさんの魅力のほんの一端、稀代のバランサーでありスペーサーであることを書くだけでずいぶん紙幅を割いてしまった。
だからと言ってブログの切れ味が鈍るか、というとそんなことはなかった。研ぎ澄まされたといっていいだろう。
昨年末上梓されたスラムダンク映画の記事では週間ランキングで11位にランクインするなど、筆者にとって雲の上の存在である。
これに限らず、スペース開始以降、スペースでhotな感想を述べる、場合によってはその後スピーカーと更に見識を深める→記事として仕上げていくという黄金パターンが生まれたように思う。もともと対象に対して忖度しない、界隈の流れのようなものを気にせず臆せず持論をはっきり述べるかずひろさんの記事は素晴らしかったが、さらに深みが増したと思う。
とはいえかずひろさんファンとしてはご本人のライフワークでもあるクウガ記事の更新も待ちわびてはいるのだが……。これはぜいたくな悩みと言えるだろう。
本題
余談が、ながくなった。
毎回そうなのだがいくらでも書けてしまうので切りどきが難しい。結果記事の感想が貧弱になっては本末転倒なので気を付けたいところである。
2021年は何の年であったか。
ガンダム00の年であった。
少なくとも、筆者にとってはそうであった。なにしろかずひろさんが初見の状態から50話もの本編を駆け抜け、ついに劇場版までたどり着いてくれたのである。
まさにこの旅路こそはスペースとブログの幸せなマリアージュであったと言って差し支えないだろう。スペースでいずれご紹介することになるだろう00をこよなく愛するブロガー氏がかずひろさんに00を紹介、これがかずひろさんのかずひろさんたる素晴らしさなのだが間を置かず鑑賞開始、その過程をスペースで配信、1stシーズン、2ndシーズンそれぞれの感想を記事化し、それぞれブクマもついて反響もあり、HAPPY END…といった面持ちであった。
その「後夜祭」のような2ndシーズン記事が盛り上がったことのスペースにおいて、しかし筆者を含む00履修済みの人間たちの願いは「ぜひ、劇場版まで……」であった。
1stでロボットアニメとして、2ndでガンダムとして育ったその作品がその先に進む様をかずひろさんに観てほしい、そしてそれを記事にしてほしい……それが偽らざる願いであった。
しかし、これはハードルが高いことも承知であった。当時、本編は見放題配信がなされていたものの、劇場版は別途追加料金が必要だったのである。とはいえかずひろさんが希望されれば負担する人間は山ほどいただろうが、それをしないのがかずひろさんなのである。かっこいいぜ。
バンダイチャンネルは鉄甲機ミカヅキをせめて見放題にしてください。できればプライム配信してください。(アゲハ蝶?)
果たして、かずひろさんは劇場版を手にした。そして、その実況をスペースで配信してくださったのである。(もちろん、本編音声が入らないように配慮された形であったことは言うまでもない)
ジェットコースターのような時間が過ぎ、大航海を終えた直後の冒険家に即インタビューするような感想戦の時間があった。
そして、記事が上梓された。それは相当数あった2ndシーズン記事よりもさらにブクマが伸び、はてなブログトップを飾り、スマートニュースにも取り上げられた。
俺がガンダムだ、ならぬかずひろさんはガンダム00だ、になった出来事であった。
今回の記事はそのリライトである。ブロクリ2024はそういった「補足とかしたいけどタイミングを失っちゃったなあ」という記事も募集しているので企画の理解度の高さが大変ありがたい。
「感想」というものは難しい。ともすればただのあらすじの羅列になってしまうし、面白かった部分を冷静に俯瞰して語ろうとすると、記事を書くときにあれだけ抱えていたはずの熱がなぜか無くなってしまったりもする。
そういった点を踏まえると、視聴から一か月の間かずひろさんが四苦八苦されただろう当時の記事、また今回再編集・加筆、まさに「スペシャルエディション」という形の参加作品は素晴らしいの一言に尽きる。今視聴したてのような熱と、冷静な分析が同居していて、もともとボリュームのある記事であるが、それ以上の満足感がある。
特筆すべきは公式YouTubeチャンネル「ガンチャン」からの各MS動画の追加であろう。かずひろさんの情景が浮かぶ筆致は素晴らしいが、ことMSにおいては映像の説得力は段違いである。しかしもちろん光のブロガーかずひろ氏は無断転載画像や動画など使うことはない。スタンプみてーに気軽に漫画の切り抜きを貼ってPVを稼ぐカスアフィ野郎どもとは違うのである。急に口が悪くなってすみません。
ということで公式動画により理解度は深まり、かつそれが文章の「区切り」ともなって読む側のリズムも誘導されるのでうまいなあと感じる。
しかしこれは「2022年に投稿された動画」であり、公開当時はもちろん、かずひろさんが始め記事を上梓された時も存在しなかった。今、このタイミングで記事をリライトされたからこそ追加できた要素だったのである。記事を文章だけでなく引用においても最新の状況を把握してブラッシュアップするその姿勢には頭が下がる。
ガンダム00という作品は既存のガンダムを意識しながら、当時の価値観を踏まえ再構築を行い、劇場版はさらにその先へと未来を切り開いていった作品であった。
まさにこの記事がそのような進化を遂げていることに、筆者は感動を覚えるのである。
なんと素晴らしいことに、今はAmazonプライムで劇場版含むすべてが見放題となっている。未見の方もそうでない方も、ぜひこの機会に触れてみて、かずひろさんの記事を再度味わってほしい。