7月である。6月は2週目から筆舌を尽くしがたい忙しさで、先週金曜日ようやく解放されたと思ったらしっかり書くと特定されそうな近隣のトラブルで寝不足となり、土日はいずれも中途半端な時間にやたら寝るという悔いの残る結果となった。活動時間はかなり充実していたのでトレードオフといったところだろうか。活動時間に何をしていたか。娘とアンパンマン映画を観ていたのである。今日はその話をしたい。当然ながら完全ネタバレとなる。
はたしてこの世のエンタメの中でばいきんまんくらい負け続けている存在って他にどれくらいいるのだろうか。映画の構成はだいたい、子どもたちの歌のシーン(客席の子どもたちが思い思いに歌ってとてもかわいい)→ばいきんまん乱入→颯爽と助けに来てばいきんまんを打ち払うアンパンマンという流れであり、今回もそのご多分に漏れない。アンパンマン映画ねえ……と斜に構えている大人たちはまずここで異様にぬるぬる動く作画に度肝を抜かれて欲しい。そうしていつものようにばいきんまんメカは爆発四散、本人は居城へと吹っ飛ばされ、そこでばいきんまんは自分が「愛と勇気の英雄」として祭り上げられている絵本に出会い、その世界に入っていく。その世界は「すいとるゾウ」により支配される、アンパンマンのいない世界。妖精たちから助けを請われたばいきんまんは一旦は拒絶するものの、その世界をわがものにするため引き受けるが惨敗してしまう。
そこからゲストキャラのルルンとばいきんまんが共同で木製の「だだんだん」を作る流れになるのだが、その工程が良い。廃棄された城から鉄製のものを見つけて溶かし、なるほどこれでこの世界でも「だだんだん」を作るのか、と思ったら作ったのはのこぎりなどの工具。そしてこれで木材を切ったり削ったりして作っていく。しっかり段階を踏むし、最近の子はマイクラに親しんでいるから逆にこの方が伝わるのかも、と思った。ルルンはその最中何度も弱音を吐くし、出来ないというし、と思ったら変に気を遣って裏目に出たりする……。ああ、ルルンって「ちびっこ」なんだな、と思う。いっちょ前に喋って動いて憎まれ口だって叩く娘を「大人の論理」で叱っていなかったか、彼女の目線に合わせた問題解決への工夫がしっかり出来ていたか……ぶっきらぼうながらも都度対処するばいきんまんに学ばされるところがあった。
一度コテンパンに負けたばいきんまんにルルンは聞く。なぜまた挑むのかと。ばいきんまんは自分が世界で一番強いのだ、と強がりでもなんでもなく言う。これは痺れた。我々が慣れ親しんだアンパンマンの物語というのはとりもなおさずばいきんまんの敗北に至る物語なのだが、しかしばいきんまん自体は今日も負けておくかというマッチポンプ的に挑むことなんて一度もなく、常に勝利のために挑み続けているのだ。今日勝つために負け続けた、今日勝つためにまた立ち上がった、それがばいきんまんという生物なのだ。
そのばいきんまんとルルンが力を合わせて作ったウッドだだんだんは再び現れたすいとるゾウに雪辱戦を挑む。またこのからくり作画も垂涎モノの動きで、アンパンマンが回避を主軸としたヒット&アウェイであることの対比として相手の攻撃を受けとめ、反撃するストロングスタイルなばいきんまんの戦闘スタイルがまた格好いい。だが、悲しいかな少しずつウッドだだんだんはほころび、崩壊していく。あんなにばいきんまんとルルンが頑張って作ったのに……とここで、30年以上何の疑問もなく、ついさっきの冒頭シーンまで、「ばいきんまんがメカをぼろぼろに壊されやっつけられる」というシーンを何の疑問もなく爽快な顛末として見ていた自分に気づき、ドキリとさせられる。起こっている事象は同じなのに、その背景を知るだけでこうも感じ方が変わってくるとは。
いよいよ敗北が決定づけられようとしたとき、ばいきんまんはルルンを思いきり投げ飛ばして戦闘から退避させ、伝言する。「アンパンマンを呼んで来い」と。宿命の2人であるからこそ、絶対に交わらない平行線であるからこそ、真横にいる相手をある種誰よりも理解していて、信頼している。本当の窮地の時に誰が頼りになるかを理屈ではなく本能で理解している。これはバットマンとジョーカーの話ではなくアンパンマンとばいきんまんの話なんである。本当に? そういやさっきのシーンもアイアンマンぽくはある。
アンパンマンのいる世界にやってきたルルンは妖精の子どもでまだうまく飛べない。が、空高くに転移してしまったのでそのまま落ちてしまう――思わず口から出る「助けてアンパンマン」の言葉に颯爽と駆け付け、マントに乗せて軽々飛ぶアンパンマン。これがまた、先ほどルルンを掴んでほとんど飛べなかったばいきんまんと合わせ鏡のようで切ない。これまた対照的に知らなかったとはいえルルンたちのわずかな食料を奪ったばいきんまんと違い、アンパンマンは自分の顔を分け与える……(ちょっとルルンが引いてるのがアンパンマン初見だとそうだよな、と納得できて笑ってしまった)弱気なルルンにアンパンマンは言う。誰もいなくなっても、ぼくがそばにいるよ。ぼくがいなくなっても、大切な友達が君の心の中にずっといるよ。こ……これは……! 読者諸賢が察したように筆者も察したが、ひとまず展開を追いかける。
アンパンマンはルルンと絵本の世界に向かい、すいとるゾウにも善戦する。そしてすいとるゾウは毛皮がはがれ、真の姿があらわになる。ばいきんまんメカの失敗作であったことが明らかになるのだ! 「ばいきんまんのメカ」であるからばいきんまんには歯が立たなくとも、アンパンマンなら太刀打ちできる、というロジックの流れもわかりやすい。すいとるゾウの設計図は冒頭のシーンにしれっと出ているところも「AtoZ運命のガイアメモリ」を彷彿とさせる心憎い伏線である。ところがむき出しとなったすいとるゾウの弱点部分には盾のようにばいきんまんが捕らえられていた。自分ごと倒せというばいきんまんだが、アンパンマンはそうしない。結局、ばいきんまんは助け出せるがアンパンマン自体はコゾウに変えられてしまう……。
ここで解放されたばいきんまんが「ウッドもぐりん」で再出撃するのもまた熱い。正攻法では敵わないので地中に潜り、地盤を緩くしてすいとるゾウを落とし穴にはめる、というこの動きをポッと出の機械ではなくアンパンマンを見たことがあるなら誰しも記憶がある「もぐりん」でやってみせるのがたまらない。ルルンがいなくても自分たちだけで絵本の世界にやって来れた(ルルンが開けたワープホールみたいなのが残っていたのか?)パン工場御一行様はコゾウになったアンパンマンを見て「大変だ! 早く新しい顔を!」と焦る。後ろの席のちびっこが「なんでやねん」と突っ込んだのでだよな! と声を殺してまたも笑ってしまう。新しい顔にしたらコゾウ状態って改善するもんなのか⁉
ともあれすいとるゾウの前には彼らもまとめてコゾウにされてしまい、もはや希望が絶たれたかと思われた。
いや、この世界にはルルンがいる。アンパンマンから無償の愛を。ばいきんまんから何度でも立ち上がる勇気を。ヒーローとヴィランから愛と勇気を受け継いだルルンは妖精として成長し、すいとるゾウに比肩するサイズの木製の「愛と勇気の戦士」を生み出すのだ。またこのフォルムがばいきんまんにクリソツで、おっさんは泣いてしまうのだった。そう、アンパンマンが言っていた心の中の大切な友達は愛と勇気だった。口さがない連中から「愛と勇気だけが友達ってしょくぱんまんとかカレーパンマンはなんなんだよ」と揶揄され続けてきたが、孤独になってもまた一から立ち上がることを助けてくれる心のうちの友達こそが「愛と勇気」なのだというこの映画のアンサーは実に見事だった。ばいきんまん自身が拒絶した「愛と勇気の戦士」がその愛弟子ともいえるルルンによって顕現する、という作劇も心憎い。
パン工場チームがコゾウになってちゃんと衛生面に配慮して足にビニールをはめて作った新しい顔でコゾウ状態が治ったアンパンマン(治るんかい)、おなじみばいきんまんUFOで高アシストするばいきんまんによりいよいよ物語はクライマックスを迎え――ぜひその結末は映画館で見届けていただきたい。
娘は1時間以上の上映中、席を立つこともなく、後半はじっと画面を見つめ続けていた。最後にまた歌のシーンがあり、そこでは来場したちびっ子たちと一緒に元気よく歌っており、最高の応援上映だな……と思った。前売り1500円で特典ももらえ、こんな濃厚なストーリーを摂取できて、娘やほかのちびっ子のリアクションも堪能できる、安い、安すぎる……と余韻に浸っていると、劇場の明かりがついた。
娘と目が合った。アンパンマンチャンネルヘビーユーザーの彼女はにっこり笑ってこう言った。
「パパ、もう一回見よ?」