以下の内容はhttps://kimilab.hateblo.jp/entry/hondetaiwa0928より取得しました。


みんなで共通言語をつくる読書会~水戸芸術館現代美術センター「ほんでたいわ部」

水戸芸術館現代美術ギャラリー内ワークショップ室で開催された、「ほんでたいわ部」による企画「アーティストが書いた本を読んでみる 第3弾~大竹伸朗『カスバの男:モロッコ旅日記』」に参加してきました。

www.arttowermito.or.jp

「ほんでたいわ部」は、「知らなかった本と出会おう。そしてダイアローグ(対話)を通じて、より深く本を読んでみよう」をコンセプトとして活動する、大人の「部活動」

水戸芸術館では、2013年3~4月に開催された「高校生ウィーク2013」のときに、「3人寄れば『ブカツ』の提案ができる」という「ブカツ」創設ルール(?)のようなものが作られ、「あそビバ部」や「汚部屋研究会」「制服部」といった、謎ブカツが爆誕していたが、それから10年、2023年秋の「アートセンターをひらく 2023-地域をあそぶ」展では、本展の企画のなかで、だれもが「3人よれば『部活動』の提案ができる」ようになった。

www.arttowermito.or.jp

「ほんでたいわ部」とは?

「ほんでたいわ部」は、そのなかで誕生した「部活動」のひとつである…とわたしは理解している。

「ほんでたいわ部」は、「アートセンターをひらく2023」での「水戸にちなんだ小説を読もう!」(2023年8月6日)、「ホラーでちょっと涼しくなりませんか?」(2023年8月11日)、「アーティストが書いた本を読もう!第1弾~森村泰昌 『芸術家Mのできるまで』」(2023年9月17日)から始まり、「実写・劇場アニメの原作となった本を読もう!」(2023年10月11日)、2023年11月~2024年1月にかけて開催された「対話について考える」第1~3回など、月に1回のペースで活動を続けてきた「部活動」だ。

 

2024年1月~3月には、水戸芸術館ケアリング/マザーフッド」展と関連した図書を読む「ABC読書会」、2024年5月には、同展関連企画「ほんでたいわ部「ケアリング/マザーフッド展―あれから―」」を開催している。また現在開催中の「山下麻衣+小林直人 他者に対して、また他者と共に」展の関連企画として、今年8月3日に「植物と本」というテーマの回も開催していたようだ。


わたしが参加したのは、「アートセンターをひらく2023」期間内に開催されていた「アーティストの本を読もう第1弾~森村泰昌芸術家Mのできるまで』」、2024年3月に開催されていた「アーティストが書いた本を読んでみよう第2弾赤瀬川源平少年とオブジェ』」に続く第3弾で、今回は、大竹伸朗『カスバの男:モロッコ旅日記』をみんなで読むことになっていた。

 

アクティブ・ブック・ダイアローグ(ABD)(R)と、わたしの衝撃体験

「ほんでたいわ部」では、アクティブ・ブック・ダイアローグ(R)の手法を用いて、文字どおり、「みんなで」本を読んでいく。

「アクティブブックダイアローグ」の正式な進め方は、公式サイトの「アクティブ・ブック・ダイアローグ(R)の進め方の流れ」に詳しい。

「ほんでたいわ部」では、こんな感じで進められていた。

 

  1. オープニング:自己紹介や今の気持ちの共有をしたのち、ファシリテーターによる活動の紹介、今日の流れの説明が行われる。
  2. 本1冊を参加者数で割り、裁断し、各パートにわける:目次とおおよそのページ数をもとに、おおよそ同じくらいの分量になるように、本1冊をわける。「わける」というのは概念的な話ではなく、物理的に裁断する!
  3. 担当パートを決める:反れぞの参加者が読むパートを決める。
  4. 参加者それぞれ担当パートを読み、要約シートをつくる:40分くらいで、割り振られたパートを読みつつ、画用紙サイズのシートに、プレゼン用の要約シートを作っていく。要約シートの書き方は、人それぞれ。要約内容を過剰書きにする人もあり、キーワードを書く人もあり、イラストを描く人もあり…といったかんじ。なお枚数もバラバラで、わたしは2シートくらいで作成していたのだけど、キーワードごとに1シート×8シートくらいでまとめている人もいた。
  5. 「リレー・プレゼン」:参加者が作成した要約シートを、壁(ボード)に貼って、冒頭を担当した人から、要約した内容を、1人5分で説明していく。
  6. 「ダイアローグ」:全体を聞いて、気になったこと・気づいたことなどを共有したりしつつ話し合う。
  7. エンディング:今日の会を通して得た感想を共有する。

 

わたしは、某新古書店で、新潮文庫の栞ひもがサクッと切り取られることにすら、「うおおぉぉぉぅ」と思う人間なので、本が裁断されるのを目の前で見るというのは、なかなかの衝撃体験である。

しかし、美しく裁断された「本の一部」が手元に届いてみると、それはそれでひとつの小冊子というか、抜刷のようなものとして受け入れられるような気もして、興味深い。

 

アクティブブックダイアローグ:裁断された書籍

共通言語をつくる読書会

今回、わたしが参加したのは、たまたま、「アーティストが書いた本を読もう!」という回で、その対象が、大竹伸朗『カスバの男:モロッコ旅日記』だった。

だからこそそのような感想を持つのかもしれないけれど、美術館(水戸芸術館現代美術センター)という場で、かつて、そこで個展を開催したことのあるアーティストが書いた本を読むことは、過去に出会ったそのアーティスト自身あるいはそのアーティストの作品のことをみんなで思い起こしながら、共通言語を生み出していくことにつながっていきそうだ、と思った。

そういえば…と思い出してみると、わたしは水戸芸術館での「大竹伸朗展 ビル景 1978-2010」展を、「セッション!」での対話を通じて観ていたのだった。

kimilab.hateblo.jp

そのときに「セッション!」での大竹展鑑賞を通じて考えた「見えること」と「見えないこと」の境目のことであったり、2022年11月~2023年2月にかけて、国立近代美術館で開催されていた大竹伸朗展の「音」ゾーンの展示のことなどを思い出していた。

このときの同行者が、「音」ゾーンをうろうろしていたところ、なんの予告もなく(?)ご本人が現れて、おもむろにステージで演奏をしていたらしい…とかいう、都市伝説みたいな話も含めて。

ステージ@大竹伸朗

書籍のなかの言葉は、読み手の独特な記憶と結びついて、新たな発見を生み出す。

アーティストの書いた書籍は、そのアーティストの作品のことを知らなければ読む意味がない!なんて、さらさら思わないけれど、かつてどこか別の時期に、そのアーティストの作品に出会った経験を持つ人たちも含めて、本のなかの別々の箇所を読み、そこでひっかかった言葉を共有していくと、その人が、そのアーティストの作品にどのような出会い方をしてきたのか、までが透けて見えてくる気がする。

そして、それを言葉にして共有し、対話していくことで、これからまた作品と出会っていくための言葉が生み出され、それが共有され、「みんなでともに、作品について話せること」の幅が広がり、豊かになっていく気がする。

 

わたし個人は、アーティストの書いたエッセイを読んだり、トークイベントを聞いたりするのが苦手なほうである。なんとなく、作品の見方の「正解」のようなものを提示されてしまう気がして、それが怖いのだ。だからこそ、アーティストの本を、みんなが好き勝手に読み、それを共有するという仕掛けのなかで、アーティストの書いた本を読めることはとてもありがたかった。

 

そういう本や、言葉との出会い方もあるのだ。




以上の内容はhttps://kimilab.hateblo.jp/entry/hondetaiwa0928より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14