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「数/量」のもつ政治的・社会的な「質」のこと~「質的研究のための演劇ワークショップ~ドキュメンタリ―演劇を手がかりに」

日本質的心理学会第21回大会@成城大学の前日に開催された講習会質的研究のための演劇ワークショップ~ドキュメンタリ―演劇を手がかりにに参加してきた。

講師は、明治大学・専任教授の萩原健先生。現代ドイツ演劇がご専門で、世田谷パブリックシアターでの2010年度の「ドキュメンタリー演劇」をテーマとした講座では、リミニ・プロトコル(Rimini Protokoll)の仕事を中心に「ドキュメンタリー演劇」について解説される講演をなさっている!

2010年といえば、わたしが、リミニ・プロトコル《Cargo Tokyo-Yokohama》を体験して、胸を撃ち抜かれたばかりの時期ではないか!このイベント情報に15年以上知覚経過してから気づくなんて、あまりに遅すぎた。

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今回の講習会のテーマも「ドキュメンタリー演劇」であるということで、《Cargo Tokyo-Yokohama》の4年後に、同じく「フェスティバル/トーキョー(F/T)」で公演された《100%トーキョー》のオマージュ(?)となるようなワークが行われることになった。

その名も「100%日本質的心理学会」

リミニ・プロトコル100%トーキョー》については、CINRAに非常に詳細なレビューが掲載されているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。

www.cinra.net

東京23区の人口統計に基づいた人口構成になるよう選ばれた老人から子どもまで、性別も、人種も多様な(といっても人口統計どおり)100名の人々が舞台にあがり、舞台上でさまざまなアンケートに答えたり、「誰が一番〇〇か」を決めるようなゲームに参加したりしていく。


www.youtube.com


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これを、20名足らずの講習会参加者でやってみる、というワークである。

それぞれの関心ある研究テーマのキーワードを1人ずつ発言していったのちに、それをもとにグループを4つにわけ(1チームあたり4~5名)、グループごとに40~50分程度かけて、全員に対して投げかけたいアンケートの「質問」「回答の仕方」(会場中2手にわかれるのか、あるいは立つ・座るといったポーズで表現するのか、など)そして、その「質問」に関連したスピーチ(経験談を考えていく。

 

そして次に行われるのは、「上演」

はじめに、1人ずつ、名前と研究キーワードを述べたあと、演出家(今回は、講師の萩原先生)による複数問のアンケートに回答し、各質問ごとに、東側に行ったり、西側に行ったり…と移動を繰り返していく。

その後、参加者がそれぞれに各グループで考えた「質問」をし、その「質問」ごとに、指示された「回答の仕方」で、自分自身の回答を示していった。

松戸市在住アトレウス家》1シーン

今回の参加者は「回答の仕方」をさまざまに考える方が多かったようで、立ったり座ったり、あるいはポーズを指示したり、動きを指示したりなどいろいろな「回答の仕方」があった。

「回答の仕方」のポーズとその「回答」にともなうであろう感情をマッチさせたものなどもあったりして、面白い。

そう。それはそれで面白かったのだが、わたしが一番ドキリとさせられたのは、自分「質問」をするターンになって、シンプルに、東側/西側でわかれる「回答の仕方」を指示したときのことだった。

「自殺をしたいと考えたことがありますか」

「他人を殺したいと考えたことがありますか」

 

これらに対して、「YES」と「NO」で東西にわかれていってもらったのだが、「自分は果たしてどうだろうか」とかんがえながら歩いているときの時間の感覚、わかれたのちに現出する「私たち」/「彼ら」の境界、互いに向き合ったときに、対岸にいる人たちとは永遠にわかりあいないのではないかと思ってしまう、その感じ…は、それまでの「回答の仕方」では、まったく、自分には現れなかったものだった。

自分の側がマイノリティで、対岸にあまりに大勢の人たちがいると、自分が責められているような気がして、つい自分を弁護したくなる。「わたしは、おかしくない!わたしにだって言い分がある!」とおもって、つい、マイクを奪い取りたくなる。その感じ。

 

今日の講習会のタイトルが「質的研究のための演劇ワークショップ」であったが、「質的研究」のためのと銘打った講習会のなかで、このような「統計」的な「数/量」をその場にいる人たちで、演劇的にパフォーマンスとしてあらわすようなアプローチが紹介されている、ということも、興味深い。

ここには、「数字」対「言葉」、「数/量」VS「質」といった対立軸では表せないなにかがある、と思った。

 

翻って、《Cargo Tokyo-Yokohama》のことを思い出してみると、奇しくも、自分のブログ記事のタイトルに示されたように、そこにも、マクロな(数量的・システム的な)視点をミクロな(質的)視点から見返すような仕組みが存在していたことに気づかされる。

 

「マクロ」VS「ミクロ」、「数/量」VS「質」といった二項対立的な見方を超えた先にあるもの。日本「質的」心理学会という学会が、それについて考える場を講習会として提供している…という事実が面白い。

明日以降の大会も楽しみだ。




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