僕は、大阪という地域が好きである。
大阪なので、やはりお好み焼きを食べる
お好み焼き屋「ちとせ」の前で、それはなぜなのか考えていた。

ざっくりいえば帝都東京、民都大阪ということなのではないかなと思う。これは。原武史さんの著書『「民都」大阪対「帝都」東京 思想としての関西私鉄』によるものだ。
官僚、政治の中心の東京に対して、民の力の大阪である。大阪は日本を代表する企業をめちゃくちゃたくさん生み出した地域である。サントリーの「やってみなはれ」精神など有名であるけれど、なんでも、自分たちでやってみちゃおうかなみたいな雰囲気があるのが好きなのかもしれない。

大阪には何回も来ているのだけど、実は、お好み焼きを食べたことがなかった。お好み焼きというのは、なんとなく複数人で食べるものという印象があり、大阪に来るとき一人が多いということが原因なのかもしれない。
動物園前のあたりをぶらぶらと散歩していたのだけど、昔、Googleマップに行ってみていた登録をしていた店があるのを見つけ寄ってみることにした。戸を引くと、香ばしいソースのにおいがした。
大きな鉄板の前にカウンターがある。若い店員が目の前でかちんかちんと鉄板をたたきながらお好み焼きを生成している。僕は、わくわくしながら席に着いた。特等席である。なんにせよ、初めての大阪のお好み焼き屋であるので、オーソドックスに、豚にした。

鉄板で熱された豚肉から油が染み出てきたのか、鉄板からひびく音が少し大きくなった。鉄板の上でちりちりと熱されるお好み焼きに蓋がかぶせられた。それはもう熱そうである。サウナどころの騒ぎではないとてつもない熱さなのだろうなあ。鉄板の上というだけでも大変なことなのに蓋までされてしまうのだ。
しばらくすると、お好み焼きは蓋からでてきた。熱が通って生地がまとまってきたようである。ソースが塗られ、べちょんとマヨネーズが投下される。反目していた鉄板とソースがある瞬間激突する。耳でもなく、口でもなく、胃に直接アプローチしてくる匂いだ。僕は猛烈に腹がへっていた。

店員さんが、お好み焼きを僕の目の前に移動させた。どうやら食べごろらしい。ヘラでお好み焼きを切る。目玉焼きからつーっと卵黄がしたたる。大変なことだ。

お好み焼きは、ただ、おいしかった。小麦を焼いた料理というのはこの世に無数にあるわけだが、お好み焼きよりうまいものはあるのだろうか。豚はかりっと火が通っていて良い香りがした。
隣に、香港っぽいオーラをまとった人が座った。かたことの日本語でオーダーをしていた。店内の客は、半分くらい外国人のようだ。店員の人たちは、いろいろな国籍の客を上手にさばいていた。すごいなあと思う。この店は、海外でも人気なのかもしれない。みな幸せそうにお好み焼きを食べていた。
大阪なので、やはり串かつを食べる
お好み焼きだけでは少し物足りなかったので、串カツでも食べるかと店を探すことにした。ジャンジャン横町を歩く。なにかの祭りのようにたくさん人がいる。大阪の中心地は、なんというか、生活の場でもあり遊園地でもあるかのような、そんな感じの楽しさがある。

通天閣にHITACHIが輝いている。サザエさんにおける東芝的な安心感がある。いつの日か、ここの広告がNetflixとなる日がやってきたりするのだろうか。

混んでいる店が多かった。ちょっと落ち着きたいよなあと思った。人がいないわけではないが、たくさんいるわけではない、そういう店がいいなと思って探していると、少し細い道に串かつ花道という店を見つけた。

食べたいものを紙に書いて手渡す。ここは、串をどぼんとソースにつけるタイプではなく上からぽたぽたとかけるタイプの店のようだ。適量かけることができるという点で、ボトルソース形式は正しく機能しているような気がするのだが、しかし、ソースの海にどぼんというこのざっかけない操作が味があるのだよなあと思った。まあ、しかし、食べたかったものが食べられたのでよかった。

大阪なので、キムチサンドイッチを食べに鶴橋へ
翌朝、僕は、食べたいものがもう決まっていた。食べることしかほとんど考えていないように思われるが、ここは大阪、日本を代表する食い倒れの街なので仕方がない。これまた、日本を代表するコリアンタウンである鶴橋の喫茶店で食べられるキムチサンドイッチが食べてみたかった。キムチが挟まっているサンドイッチなど聞いたことがない。しかし、日本の喫茶文化と、コリアンタウン文化の合流という感じで面白そうではないか。僕は、電車に乗り込んで鶴橋へ向かった。

商店街を少し入ったところにあるロックヴィラという喫茶店である。外観は一般的な喫茶店という感じだ。

カウンターどこでもどうぞと言われたので、でっかいイチゴの前に座ってみた。キムチサンドとコーヒーをすみやかに注文して、朝の喫茶店の心地よい騒がしさに同化することにした。はいどうも~とつぎつぎ常連さんが入ってきて目を細め新聞をめくっている。活気がある店だ。
バターと米はうまい、バターとパンもうまい。つまりは、米とキムチはいうまでもないのであって、これはやはりパンとキムチも意外と合うのではないだろうかと、僕はカウンターの片隅でひっそりと思考を巡らせた。
はい、と言って、店員の方が、僕の前にキムチサンドイッチを置いていった。

おお、たしかに、キムチが挟まっている。風味付け程度ではなく、それなりにちゃんとキムチの存在が感じられそうな量である。卵焼き、きゅうり、ハム、キムチが入っているようだ。物珍しさにそわそわしながら食べてみると、思ったよりかなり美味しかった。マヨネーズの酸味があることで、キムチを受け止め、卵焼きをつつみ込み、キムチが異物とならずによいまとまりを感じた。

キムチは汁気がしっかりと切られており、コリッとした食感があった。パンのうすさもいい感じである。サンドイッチに重要なのは絶妙なパンの厚みである。僕は一気にキムチサンドを食べ終えた。これは、いいものを食べたなあ。さすが大阪!庶民的なものがやたらとうまい。

北加賀屋の本のすみかへ
鶴橋をあとにして、行ってみたいなと思っていた、北加賀屋にある"本のすみか"という書店に向かうことにした。本がひっそりとしかし楽し気に棚に並んでいるイメージがわいてくるいい店名だなあと思う。電車で移動していたのだが、キムチサンドが思ったより大きく、少し眠くなった。うつらうつらしていたら北加賀屋駅に着いた。
来たことがないエリアだ。商業ビルとかはなく、落ち着いたら感じの住宅街が広がっている。本のすみかは小さな複合施設の中にあるようで、本屋を通ると、チャイのお店があるようだ。面白い構造をしている。Xで相互フォローだったので、店主の小林さんにごあいさつをした。オープンして1年ちょっとのようだ。ついつい、本屋の立ち上げ話をいろいろ聞いてしまった。人の商売の立ち上げ話というのは面白いものだ。
北加賀屋は初めて来ましたと告げると、近隣の観光マップをいただいた。来る道でも、ちらほらとウォールアートのようなものがあるなあと思っていたのだけど、このあたりは、アートの街ということで有名らしい。行ったことないうえに、別にアートに詳しいわけでもないのだけど、アメリカのブルックリンのような感じなのかもしれない。
ZINEを購入して、店を後にした。旅先で書店によって、その土地の人が作っているZINEを買ってみるとおもしろい。

喫茶店佛蘭西は舞台のようだった
茶でも飲むかと近くの駅までに道にあった喫茶店に入ることにした。コの字の居酒屋という概念があるが、店内の机はぐるっとコというかUの字状に曲がっていた。U字喫茶である。そのUの内側には真っ赤な服のおばあちゃんが立っていた。
「はい、どこでもどうぞ」と言われ僕はUの字の左側中央の位置に座った。

「アイスコーヒーでお願いします」
「はい。このあたりの人?」
「いえ埼玉から来たんです」
「まあ、埼玉から!遠いところから大変ねえ。こんなところになしに来たの」
「いやまあ、散歩みたいな感じです……」
「そうなの。この辺は最近、アートっていうの?そういうやつでちょろちょろ観光の人も来るみたいね。そこの角曲がったところにあるやつ見た?」
「いや、見てないです。ちょっと歩いたところにある本屋さんでもウォールアートがあるという話を聞きました」
「いや本当ね、すごいことになっているんだから。もう見るとびっくりするわよ」
「そうなんですね」
「本当にたいへんなんだから。ねえ」と店主のおばあちゃんは別の客に話しかけた。
「で、大阪になにしにきたの」とおばあちゃんは、もうすごい勢いで話し続けるのだった。明るい調子の、ちょっとおしゃれな感じの髪形をしたおばあちゃんが、U字卓の中央にいると、それはなにか、ステージのようであり、自分が小演劇のなかにでも入り込んだような気持ちになった。
30分ほど、立て続けに質問され、どんどんと回答をしていると、僕がこの間本を出したのだということを聞き出されてしまった。
「あらまあ、今本持ってないの?ない?えー残念やわ。それは残念やわ〜」とおばあちゃんはそれはそれは演劇的に嘆くのだった。
僕はそれが本当に嘆いているのか、社交辞令的に嘆いているのかが、ここが大阪であるという文脈を踏まえるとよくわからなかったのだけど、あまりにも残念そうであったので、本のすみかに戻り、自分の本を購入して、おばあちゃんさしあげることにした。

「あら~ありがとう!!」とおばあちゃんは嬉しそうだった。実際のところ、勢いがあるだけで本当にうれしいのかは不明なのだけど、まあきっとうれしいのだと思うことにした。
「いくらだったの、お支払いするから」
「いいですよ、プレゼントということで」
「いやいや、はい、これ」とお金を持たされた。大阪以外ではあまりおこらなそうなイベントだなあと思った。大阪というのは楽しい地域だ。おばあちゃんの勢いに終始押され気味だった。きっとおばあちゃんもここで商売を続けて何十年だ。
お好み焼き屋、書店、喫茶店、いずれもチェーン店ではなく、誰かが立ち上げた店だ。やってみなはれ精神に触れる旅だったといえるかもしれない。
肉吸いを吸う
そんなことがあったりして、気がついたらもう昼をとっくに過ぎていた。昼ごはんに何を食べようか。大阪というと、そういえば肉吸いを食べたことがないなあと思った。不思議な名前だ、肉吸い。肉を吸うから肉吸いということなのだろうけど、お茶漬けを米吸いと呼ぶような奇怪さがある。少し並んで肉吸いの有名店千とせに入った。
漫画に出てきそうな定食屋のような雰囲気だった。ちゃきちゃきとした店員の方が、食券を回収していく。肉吸いがやってきた。これはたしかに吸い込みたくなるような食べ物である。青々とした葱に対比されるように、肉の油がうっすらと液面にういており、怪しげな魅力を感じさせた。ずずずっと吸い込んだ。薄い肉はたっぷり入っている。思ったより味が濃いなと思った。かなり遅い時間に行ったので、だんだんと汁が煮詰まってきているのかもしれない。

米によく合う味わいでよいなと思った。生卵も注文していたので箸で卵黄を崩して、米にしみこませる。卵かけご飯も、食べるというよりは吸い込むというタイプの食べ物だ。とろんとした米を食べ、肉吸いをすする。卵黄のまろやかさに肉のうまみが加わりおいしい。これはいいものだなあと思った。
