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弾丸、日帰り新潟旅行。寿司、燕三条背脂ラーメンからの寿司。

 

日帰りでどこかに行くかと思い、金曜の夜に思案した。関東圏は最近どこも行っているんだよな。じゃあ、新潟か?と思って電車を調べてみると、燕三条は、大宮から新幹線に乗ればけっこう近いことが分かった。お、これなら全然夜遅くならないうちに帰ってこれるじゃん、と、その晩は眠り、次の朝、新幹線に飛び乗った。

 

そんな調子だったので、予想外だったことがあった。まず、一つには、自由席の車両に乗ったら、席が空いておらず、全然座れなかったということである。デカ荷物の登山客たちがデカ荷物を自席の隣に置いて、アイマスクをつけて寝ているという罪深い行いをしていた。しかし、30分ほどたっていると、どこかの駅でパラパラと人が下りて席に座ることができた。

 

もうひとつの予想外事項は、雪が積もっていたということである。僕は、前日に、雪降っているのかなと調べていて、曇りという検索結果が出たので、ああ、雪はふっていないのだと思い、家を出たのだけど、そう、ここは関東ではないので、雪はふっていなくても積もっているのである。

 

新潟に入るとどこまでも雪景色だった。(当たり前である)

 

新幹線で、わ、雪だ、今年は初めて見たなとウキウキだったのだけど、駅から出ると、ただ寒かった。足元も除雪されていない場所が多く、ふつうにつるつると滑るので、もしかして、この時期に燕三条に来たのはミスだったのではないかという気持ちになった。

 

 

朝食としての回転ずし

 

とりあえず、朝食をとり心を落ち着けることにして、駅の近くの、回転ずしに行ってみることにした。歩道は雪が積もっていて、歩きにくいことこの上なしだった。しかも、よりによって、滑りやすそうで、通気性のよい靴を履いてきていたので、相性は最悪であった。

 

 

軽めに、市場直送セットなる3点セットと、マグロの三点セットを食べた。最近、回転ずしで幅を利かせている、自動シャリ生成機器によってつくられているらしく、異様に均質なシャリであった。味はそこそこであったのだけど、朝から寿司を食べるというのは気分がいいものである。

 

 

世界中のスプーンを見る

燕市産業史料館というのが、この燕三条エリアの金属加工業の歴史などを学ぶのによさそうだったので、行ってみることにした。(燕三条というのは、燕市三条市のことであり、この二市にはいろいろ複雑な関係があるらしく、燕三条市とは決して呼ぶべきではないらしい.......) ざっとマップを見ると3キロ弱ありそうだった。地面は雪、雪、雪である。しかし、僕は、あまり深いことを考えることなく、歩き始めた。

 

歩くという手段は5分で中断された。車がびゅんびゅんと通り、歩道は雪で真っ白なので、これで3キロ近く歩くのは、普通に困難であるという現実にぶち当たったのである。

 

僕は、歩いた道を引き返し、タイムズカーシェアで車を借りることとした。ちゃんとスタッドレスタイヤになっているらしい。アクセルを踏むと、車は雪道も快適に進み、あっという間に産業資料館に到着した。文明の力はすごいと言わざるを得ない。

 

 

この、燕三条は、金属加工で有名なのだけれど、この資料館それにちなんで、洋食器の展示などが行われているようだった。歴史的には、もともと和釘という日本独自の釘を作っていたところから始まって、水害などがひどく、農業ができなくなったりすることもしばしばだったので、代替産業として、金属加工が盛んになっていったというようなことが書かれていた(と思う)

 

 

過去作られていた洋食器。大変かっこいい。

 

 

世界中のスプーンが展示されており、ぶらぶらとみているだけでも楽しい。これは韓国のスプーンなのだけど、韓国におけるスプーンの形が1000年以上あまり変わっていないことに驚いた。近い国だが、日本ではあまりスプーンが歴史的に使われていなかったというのは面白い違いだ。

 

 

色々なスプーン

 

 

昔の金属加工職人の作業場の再現などもあった。

 

 

半世紀を超え燕市で営業される喫茶ロンドン

燕市にある独特な雰囲気を放つことで有名な喫茶ロンドンへ。1967年の創業らしい。半世紀を超え営業を続けるすごい喫茶店である。

 

 

昭和のちょっと浮かれた感じの雰囲気が感じられる。

 

 

レモンスカッシュを飲んだ。

 

 

喫茶ロンドンの周りは、細い道が張り巡らされており、散歩をしていると結構楽しかった。長く続いている店が多そうである。

 

 

職人たちが、金属を叩く音が響く玉川堂

鎚起銅器で有名な玉川堂があった。鎚起というのは、金属板を鎚でたたいて形作っていく技術である。庭園が大変立派で、中をのぞいていたら、店の方が、見学していきますかと声をかけてくれた。

 

 

工房の天井は高く、職人の作業音がカンカンと響いていた。少し薄暗く、畳の上に大きな丸太が転がっていた。職人はそれにまたがって、金属を叩いて加工するらしい。集中力が充溢しているような空間で、モノづくりの現場感がかっこよかった。

 

 

以下のような順序で金属は加工されていくようだ。

 

 

丸太に金具が刺さっているのが写真の左に見えると思うが、そこに金属をひっかけて叩くことによって、形を作っていくらしい。丸太は単に座るだけのものではないのだ。

 

 

完成品が棚にかかっていた。なんて美しいのだろう。成形過程を見たうえで完成品を見ると、もともと、こうであったかのように鎮座しているやかんが無性に輝いて見える。

 

 

燕背脂ラーメンを食べに杭州飯店へ

新潟には五大ラーメンなるものがあるらしい。以下の五つである。

 

長岡生姜醤油ラーメン

燕背脂ラーメン

新潟濃厚味噌ラーメン

新潟あっさり醤油ラーメン

三条カレーラーメン

 

このうち、燕背脂ラーメンについては、かなり昔から、何やら美味いラーメンがあるらしいと噂で聞いていた。金属加工を見せてもらった玉川堂で、玉川堂の歴史について書かれた本を読んでいたら、入門した弟子は福来亭にて中華麺を食べられる福利厚生があったと書いてあった。福来亭は現在もある燕のラーメン店である。工場労働者が多かった燕において、ラーメンは切っても切れない食文化のようだ。

 

よし、福来亭に行くぞ!と意気込んで調べたら、残念なことに、営業終了十分前であった。最初から調べておくべきであった。僕が、ああ、もう終わりなのかと嘆いていると、玉川堂の説明をしてくれた男性が、ラーメンマップのようなものを出してきてくれて、いくつかおすすめのラーメン屋を教えてくれた。

 

そうして、僕は杭州飯店へとやってきた。

 

 

杭州飯店は、燕背脂ラーメンの代表的店舗のようだ。Googleのレビューを見ると、結構ならぶことがあるようだったが、遅い時間帯だったので、待ち時間ゼロで入ることができた。

 

朝、寿司を食べたと言っても軽くつまんだだけだったので、めちゃくちゃ空腹だった。僕は、入店するなり、速やかに席に着き、最短の手つきでメニューを開いて、ラーメンを注文した。脂っこいことはわかっていたので、玉ねぎを追加してみることにした。

 

ラーメンは、その名の通り、背脂で覆われていた。スープは煮干しで取られているようで、少し香ばしい魚類のうまみがあった。これが背脂とよく合うのだ。

 

僕は、空腹の中でこれを食べたので、あまりのエネルギーに目を見開いた。玉ねぎを追加したのはやはり正解だったような気がした。麺はうどんを感じるような太麺で、コシがあるタイプではないのだけど、パンチの強いスープにはこれくらいが合っているような気がした。

 

基本相席のようで、隣には、80歳を超えていると思われるご婦人が座っていた。こんなこってりしたもの大丈夫なのかと思ったのだけど、ぱくぱくとキレよく麺を食べていた。ここはそう、ラーメンが100年を超え愛される土地なのである。

 

お土産にナイフを買う。

家で何かしら肉類を食べるとき、そういえばナイフが一本もないなとずっと思っていたので、せっかく金属加工の街なので買ってみることにした。物産館なる施設があって、そこで地元で作られている製品がいろいろと買えるようだ。

 

 

ジャイアント馬場は、三条名誉市民らしい。

 

 

こんなナイフを買った。なかなかかっこいい。いいお土産になった。

 

 

三条の城下町

帰るには少し早い時間帯だったので、燕三条駅のひとつとなり北三条駅に行ってみることにした。駅を降り少し歩くと、立派な図書館があった。これは絶対に隈研吾だなと思ったら、案の定、隈研吾だった。ありとあらゆるところに隈研吾建築物がある。

 

 

寒かったので、図書館に入ってぶらぶらしてみたのだけど、夜22時までやっていて、自習用の席もたくさんあり、ご飯も食べられて、地元のものづくりコーナーもなかなか 充実しており、かなりよい図書館だった。こんな図書館が家の近くにあったら大変便利だろうなと思う。

 

本当に何の気なしに降りたのだけど、実は、この北三条のあたりは三条城の城下町だったらしく、街並みに歴史を感じさせる重みがあった。ちょっとした水路も意味深げである。

 

とりあえず参拝した。

 

 

城下町というのはなんにせよ、よい情緒がある。この微妙に蛇行している道も歴史を感じる。

 

 

あとは、生寿司セットを食べるだけ

何食べようかなと思って、軽く調べてみる。いい感じの居酒屋があったので、向かってみたら、臨時休業のようだった。今日は日帰りの予定であまり遅くなるのは好ましくなかったので、何も考えず、近くにあった、寿司屋に入ってみることにした。

 

 

平井屋。かなり歴史がありそうだ。

 

 

早い時間だったので店には誰もいなかった。僕は、カウンターの端にすわった。新潟だしなと思い、日本酒でとお願いすると、燗酒が出てきた。お通しは、マグロの中落ちだった。これをちまちまとつまみつつ、酒を飲む。中落ちの新鮮な味わいに、たっぷりのネギがよく合う。

 

 

メニューに生寿司のセットと書いてあった。寿司にあえて生と書いてあるのが面白い。酢でしめる寿司との退避でこうした表現になっているのだろうか。検索してみると、北海道では江戸前の寿司は生寿司と呼ぶことがあるというようなことも出てくる。寿司の呼称にも、いろいろな地域差があるようだ。

 

旅先で、一人で寿司屋のカウンターで飲んでいるというのは、なんだか大人になったな...という感じがある。時間がないので、ぱぱっと食べた。寿司はファストフードというのは本当だなと思う。

 

 

さよなら、新潟

燕三条駅に戻った。新幹線まで15分ほどあるようだ。おかきと、鶴亀を買って、駅のすみに移動した。大宮からすぐ来れるし、燕も三条も、とてもよかったなあと思った。新潟は、日帰りでもかなり楽しめるということが分かった。雪が解けたころにまた来よう、そして、今度は日本海でも見ながら、海鮮三昧と行きたいなあ、とかそんなことを思いながら、鶴亀を飲んだ。

 

 

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