関口高史著「戦争という選択」作品社刊を読み終えた。
著者はプロフィールを読むと2020年に退官した元防衛大学の教官で予備一等陸佐になっている。
本の副題が「<主戦論者たち>から見た太平洋戦争開戦経緯」とあるように、この本は軍事に開戦経緯の考察の軸足を置かれたものだが、その説明の過程では当然関連する政治外交の舞台が出てくることになる。
私はこの戦争の結末、すなわち三百数十万の軍人、民間人の死と、亡国手前まで行った経済損失と体制転換の歴史の概要をある程度知っているので、この本が開戦に至る道を時間空間を問わず細かく論述することには、読む度にかなり苦痛を覚えた。
ここに書かれているように戦争は人間がするもので、少なくとも民主主義体制の中では将来の戦争抑止の為には皆が過去の事実に目を背けてはならないという気持ちもあり、最後まで読み通した次第である。
当時の日本の中でも情報を持つ指導層は、圧倒的に国力が違う米国と戦争になれば負けるという見通しを持つ人が多くいたことは間違いないが、それに抗して主戦論者の意見が通った要因のいくつかをこの本を踏まえて私なりに考えてみると以下のようなことが挙げられるのではないかと思っている。
・日独伊三国同盟を結んだことで欧米の動向から日本は離れられなくなり、米国との対決が世界的な枠組みの中で避けられなくなった。
・多くの犠牲を払って継続している日中戦争を、米国側が要求する見返りのないまま全面撤兵することは、当時の日本の置かれた環境の中で出来ないことであった。
・当時の資源逼迫や国際情勢から、日本はフランス領インドシナ(仏印)に進駐したが、これにより米国は日本資産凍結と石油禁輸を発動した。日本は米国がここまでの決定的対応を取るとは全く思っていなかった。
・石油の遮断は軍部のいう「ジリ貧」を意味し、開戦は備蓄の有る今しかないと思わせた。
・それでもなお日本は日米交渉に望みをかけたが、既に米国は日本に見切りをつけており、当時の国務長官・ハルは「ハルノート」と呼ばれる当時の日本がそれまでの経過からして、とても飲めない意図した条件を出して来た。
◉この過程をみると、私見ながら軍部や指導層は大局の中で一旦「引き退いて他日を期す」ような柔軟なことが出来ない、硬直化した考えにとらわれていたと思えてならない。
日清日露戦争や満州事変、更に実態はともかく勝ったと自賛している日中戦争などで、国民に犠牲を強いている中で米国に屈服したとみられることが立場上出来なくなり、自尊心からもあまり根拠のない強気に依らざるを得ない状態に陥っていたように感じる。
冷静に国民に実態を知って貰い、有事に冷徹に備えると共に、弱腰ではなく自主防衛能力を確立したうえで、戦争を絶対に避けるとの国民的合意を形成しておくことが、何より大切な教訓のように思われる。
◉今日の二句
凍蝶に舞潑剌の時季(とき)有りて
蝋梅や老いては香り控え目に




「戦争という選択」
