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「彭徳懐(ほうとくかい)の中国革命」

志田善明(しだよしあき)著「彭徳懐の中国革命/毛沢東に直言した熱血・清廉な軍人の生涯」文芸社 刊を読み終えた。

プロフィールをみると著者は元々工学技術者で会社を現役引退後大学の通信教育部史学科を受講、その卒業論文として書き上げたものをベースにして出版されたもので、著者がこのテーマを選んだ理由に以下の2点を挙げている。

・抗日戦争や朝鮮戦争の英雄にもかかわらず不遇の最期を遂げたがその理由を知りたかった。

・中国革命の英雄たちの多くは個人的伝記が書かれているが彭徳懐(ポン・ドーファイ)は「自述」以外にまとまったものがない。

私は以前から中国の近現代史に興味があり、辛亥革命中国国民党中国共産党などの書籍を読むなかで共産党の軍人・彭徳懐の名を知り、毛沢東に直言して失脚した人物として記憶していた。

彭は湖南省に生まれ、地方軍や国民党軍を経て共産党に入党、紅軍(共産党軍)指揮官として抗日戦争、国共内戦を戦い抜き、中華人民共和国建国後、朝鮮戦争では中国義勇軍北朝鮮軍の合同軍最高司令官であった。

1950年代「朱徳(しゅとく)」に次ぐ序列2位の軍人として国務院副総理兼国防部長(大臣)を務めた。

中国は毛沢東主導のもと1957年~58年にかけて「大躍進政策」と呼ばれる、農産物や鉄鋼製品の増産運動を繰り広げたが、非科学的手法の採用、国有化の強引な推進、反対者への弾圧などから大飢餓が発生、数千万人が死亡したとされる。

彭は地方の視察などを通じて実情を把握、当時絶対的権力を持っていた毛沢東に「大躍進政策」の問題点を指摘、毛の逆鱗に触れ失脚する。

またこれが遠因となり後1666年~76年にかけての「文化大革命」で紅衛兵等の迫害を受け病死したが、毛沢東の死後名誉回復が図られた。この本の巻末には「沈痛な思いを込めて」と題する鄧小平の筆になる彭徳懐への名誉回復、追悼文が掲載されている。

著者は「あとがき」のなかで「彭徳懐は、人民を愛し、部下や人民から愛される清廉な人物であったが、一方、一本気で政治的な行動のできない性格であった。(軍事)専門バカであり、政治的な言動ができなかったのが、失脚に至った一因と考えた」と記し、それに比べて上手く立ち回った周恩来、鄧小平などと比較して論じている。

私見ながらどこの国でも革命期にはこのような人間模様や悲劇が繰り返されることは歴史が示している。

◉今日の一句

 

ひた歩むリハビリの人息白し

 

◉施設介護棟のノースポール(寒白菊)

彭徳懐の中国革命」




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