松原信之著「朝倉氏と戦国村一乗谷」吉川弘文館 刊を読み終えた。
朝倉氏とは越前国(えちぜんのくに・福井県)一円を支配した戦国大名で、最後の当主・朝倉義景の代に織田信長によって滅ぼされた。
一乗谷(いちじょうだに・福井県福井市)は朝倉氏が城(戦時にこもる詰め城)と館、城下町を営んだ地であり、滅亡後約450年を経た現在発掘作業が進み、戦国時代を知ることが出来る各種発見があると共に史跡・戦国村として整備されている。
著者は福井市生まれで朝倉氏関係の著作も多く、この本は越前に土着する以前も含む朝倉氏歴代各当主の事績、領国経営の実態、文化の興隆などを含む朝倉氏研究の集大成とも云えるもので、原本は1978年に福井県郷土誌懇談会より刊行されたものとの事である。
私が朝倉という名前をはっきり記憶したのは、高校生の時に見た「暴れ豪右衛門」という日本映画で、三船敏郎さんが「加賀国一向一揆」の大将・豪右衛門を演じ、隣国・越前朝倉氏の軍と戦う物語で、個性派俳優・西村晃さんが一揆勢を見下す朝倉勢の家老役を憎々しげに演じていた。
朝倉氏は伝説の時代は別にして、但馬国(たじまのくに・兵庫県)の出自で、建武の中興の際、足利尊氏の幕下に馳せ参じ、南北朝の争乱以降は足利氏の支族・斯波(しば)氏の下に配属され、越前に移り勢力を蓄えて行く。
応仁・文明の大乱が起きるとこの過程の中で朝倉氏が台頭、主家の斯波氏の没落のなかで越前守護職を幕府から補任され、累代の活躍もあり戦国大名へと飛躍することになる。
この間旧斯波氏の与党や加賀国を支配する一向一揆更には近隣大名等との戦いのなかで越前支配を確立し、一乗谷に歴史に残る拠点を構築することになる。
先に書いた「暴れ豪右衛門」はこの時期の加賀国や北陸の一向一揆との戦いがストーリーになっていると思われる。
越前一乗谷は地図を見るとよくわかるが比較的京にも近く、文化人や公家の越前下向が盛んで、和歌や連歌、兵学・儒学・医学、絵画、禅宗、猿楽・音曲など各種の文化が花開いたといわれる。
周知の通り文弱の徒と評価される最後の国主・朝倉義景は天正元年(1573)8月織田信長に攻められ一族の裏切りにも合い自刃、朝倉氏は滅亡し一乗谷は焼き払われた。朝倉孝景が幕府より正式に越前守護職に補任された文明3年(1471)からおよそ100年後の事である。
◉今日の一句
山茶花や蕾が包む凛の文字
◉施設の庭の山茶花、蕾が美しい






「朝倉氏と戦国村一乗谷」
