安野光雅著「絵のある人生~見る楽しみ、描く喜び」岩波新書刊 をようやく読み終わった。
ブログにも書いたが、先日島根県津和野に行きその折同級生の案内で画家・安野光雅さんの美術館に連れて行って貰ったが、帰りのS Lやまぐち号の時間の関係で駈け足鑑賞になってしまい、その代わりに売店でこの本を買って帰ったものである。
正直云って小学校の図工以来絵には縁が無く、このブログでも触れたことはほとんどないと思うが、津和野に行ったら寄ってみたいと思ったのは以下の理由による。
・司馬遼太郎さんの「街道をゆく」の後半の挿し絵を安野光雅さんが担当されていた。
・子供が小さい時、よく本屋に一緒に行って絵本を買ったがその中に一度見たら忘れない独特の画風の安野光雅さんの絵本の記憶があった。
副題が「見る楽しみ、描く喜び」とあるように描く立場と鑑賞する立場双方から、絵に対する想いを自らの経験や人生を振り返って書かれているが、門外漢ながら自分なりに納得したり、なるほどと思ったことを二つ抜き出して措きたい。
動かない絵を見るときは、先入観をなくし、自分の目で見、自分の頭で考えながら見ることが大切だと思います。~~~人が、美しいものに反応する感覚は、自然から学んで育つことの他に、絵を見ることの経験によって磨かれるのだと思います。
◉絵というのは感性ばかりの世界のことかと思っていたが、ここでも自分の頭で考えることが必要だと聞いて少々戸惑いながら納得した。あらためてあらゆることを自分の頭で考えることの大切さを再認識している。
わたしは、津和野の生まれの人間として、自分に引き寄せてものを言いますが、山に囲まれて育ちました。~~田や畑、樹林や竹の林に囲まれた山地です。日本人に「美しい」という感じ方を育ててきたのは、人間が耕し畑を作り家を造りして、いつの間にか出来上がった、わたしたちの野山にちがいありません。このことを「原風景」という言い方をします。
◉私も田舎育ちで、ここに書かれているような田や畑、樹林や竹の林に囲まれた場所だった。振り返ってみるとこのような場所で生まれ育ったことは確かにとても幸せなことかもしれない。
◉今日の一句
◉壱岐島の断崖絶壁・左京鼻に咲いていたホソバワダン(細葉海菜)、始めての出逢いだが西日本の海岸近い岩場、礫地、断崖などに自生するらしい。風の吹きつけるところに健気に頑張っている。(壱岐のことは後日ブログに書きます)



「絵のある人生」

◉次の目的地の屋久島は風が強くタグボートが出動出来ないと云うことで急きょ鹿児島に寄港地を変更、残念無念。