日経新聞には毎土曜に詩歌教養のページがあり、私は必ず掲載されている「俳壇」で二人の選者が選ばれた読者投句の入選各12計24句を見ることにしている。
同時に漢学者・言語学者・中国文学者の肩書きがある阿辻哲次(あつじてつじ)さんの「漢字そぞろ歩き」という名のエッセイが掲載されていて、私は俳句欄を見終えた後必ず読むようにしている。
大概知的な刺激があるが、今回は「国字(和製漢字)ができた理由」と題して、NHKTVの「チコちゃんに叱られる」風な「それが中国になかったから」という答えの見出しまで用意して書かれている。
日本が中国から受容した漢字の他にわざわざ国字を作った背景には2つのケースがあるらしい。
①日本にあるモノや概念が中国に無い場合、
②モノや概念はどちらにもあるが中国では文字で表さなかった場合、
①のケースを鰯(いわし)で説明している。
中国で古代文化が栄えたのは内陸の黄河流域で、黄河にいる鯉(こい)や鮒(ふな)といった魚の文字が作られた。しかしそこには鯖(さば)も鯛(たい)も鰤(ぶり)も鰯(いわし)も居ず当然その文字は作られなかった。
一方日本の食卓には中国の文字が無い魚も登場し、文章の中で文字で表す必要が生じ鰯などが作られた。例えば鰯は直ぐに死ぬ弱い魚という意味で作られた。
◉私は仕事で中国・上海に3年間駐在した。上海は川(揚子江、黄浦江)と海(東シナ海)に接する都市だが出て来る魚料理はどちらかといえばやはり川に棲む淡水魚が多かった気がしていて、中国では内陸中心の文化が根付いていることが肌感覚でわかる気がする。
②のケースを峠(とうげ)で説明している。
峠は「山の坂道を登りつめた最も高い所」「山の上り下りの境目」といった意味で、当然中国にも同様の場所は日本以上にあるが、峠に当たる場所を山路、山頂、あるいは嶺といった漢字で表す。
古代日本では山道を歩き上り下りの境目に来たとき、道祖神(どうそしん)に供え物をささげる慣習があった。
ものを「手向ける」場所を「手向(たむ)け」と呼んだのが「とうげ」に変化し山と上と下を組み合わせ峠いう国字で表した。
◉今日の一句
絵本に出て来るかもとりごんべえは一度に沢山の鴨を捕まえようとして大失敗する。
ごんべえが池に居ぬ間と鴨来る
◉健康公園のカリン(花梨)の実、同じ樹でも去年に比べると実の数が多い。





