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「なぜ継戦したのか」

相変わらず用事が無い限り施設の図書室で、新聞4紙(日経、毎日、産経、神戸)を読むことを心掛けている。

毎日新聞のオピニオン欄に歴史学者政治学者でもある井上寿一(いのうえとしかず)氏が「歴史を政策に生かすような実用一点張りの文章」というキャッチフレーズで「近代史の扉」というコラムを月一のペースで第3土曜日に連載されている。

7月は『戦後80年の8月15日[なぜ継戦したのか]』というテーマである。

あの戦争で日本だけでも300万人以上の犠牲者をもたらしたが、東京大空襲沖縄戦、二つの原爆、日ソ戦争など犠牲者は戦争末期に集中している。「なぜ戦争は早期に終わらなかったのか、せめて1944年中に終わっていればあれほど犠牲者を多くせずに済んだはずだ」と云う問いかけである。

これについては今まで色々な論議がされていて私も色々と読んで来たが、概ね以下のような要因を挙げられることが多い。

・一度戦果を挙げてそれを背景に交渉に入るべきと云う考え方が指導層の脳裏にあったが、ミッドウェー戦以降天王山といわれるフィリピン戦も含め一度も戦況は好転せずズルズルと行ってしまった。

天皇制の存続が見通せなかった。

・懲罰的占領、極端な場合「民族滅亡」「奴隷的移住」などを恐れた。

よく知られているように一番強く継戦を主張したのは陸軍であるが、井上氏はここで私にとって目から鱗のことを書かれている。

占領と被占領は鏡像関係である。陸軍は自らが中国や東南アジアでおこなっていることと同じ目に遭うのを恐れていたのかもしれない。

またこのコラムの最後は以下のような文章で終わっている。

以上要するに「戦後80年」の夏、戦没者を前に誓うべきは、二度と戦争を起こさないことだけでなく、それでも戦争が起きた時、現実主義に基づいて、国民と国土の犠牲を最小限にする合理的な意志決定ができる国にしていくことなのである。

◉今日の一句、7月21日は海の日

 

海の日は鯨食して船眺む

 

◉施設の庭、ヘメロカリスと思われる。

◉蝉の羽化プロセス写真を6枚に圧縮して掲示させて貰った。

 

 




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