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映像の世紀バタフライエフェクト 激動 アジアの隣人たち 台湾 130年の傷痕

NHKBSのドキュメンタリー番組・映像の世紀バタフライエフェクトに新しいシリーズ・激動アジアの隣人たちがスタートし、第一回目が韓国で度重なった戒厳令をテーマにした「戒厳令との闘い」であった。

今回は二回目で台湾が対象、「130年の傷痕」と題して日清戦争後日本の統治下を経て現在に至る台湾の近現代史がテーマである。

その概略の歩みは

・日本の台湾統治(1895~1945)

日中戦争時に於ける漢人高砂族(台湾土着)を含む同化政策皇民化政策、産業振興など

・日本の敗戦に伴い蔣介石は台湾の接収に向け国民党軍を派遣する。(1945年10月)

・その後大陸での共産党との内戦(1946~1949)に敗れた国民党・蔣介石が軍を率いて自ら台湾に進駐してくる。

大陸から来た外省人が台湾出身の本省人を統治し相互の間に根強い不信感が生じた。

・大陸への反攻を狙う蔣介石は約40年に及ぶ戒厳令による統治を行う。(1949~1987)

毛沢東はトゲとなっている台湾統一を目論み台湾の一部金門島に攻撃をかける。台湾海峡危機(1954・1958)

台湾海峡危機を米軍の支援を受けてしのいだものの、蔣介石の大陸反攻が行き詰まるなかで台湾は経済的に年率10%の成長を遂げていく。(1960年代半ば~)中核となったのは本省人が営み輸出を指向する中小企業。

・中国が力をつけ米中接近、台湾は国連を追われ(1971年10月)アジアや世界の孤児と云う立場に追い込まれる。

・蔣介石死去(1975年4月5日)息子の蔣経国が総統に就任。

国民の不満を受け戒厳令解除(1987年7月)

・蔣経国が亡くなり副総統で本省人李登輝が総統就任(1988年1月)。

・学生デモをきっかけにして李登輝は総統の選出を直接選挙へと変えて民主化へ舵を切り、更にその直接選挙で当選する。(1996)

それから30年台湾の経済規模は3倍に成長した。

台湾の半導体受託生産会社・TSMCは業界シェア60%と云われ世界はTSMC半導体無しには動かないと云われる。TSMCは国策会社として経済で生き残る為にスタートし現在台湾の守り神と云われる。

台湾が国交を持つ国は12か国だが貿易相手国は190か国以上であり、外交的な孤立を経済の力で克服し国際的な地位を築いている。

🔘台湾は私が現役時代仕事で幾度も訪問した場所であり、今日の経済繁栄の基礎となった民主化へ舵を切った李登輝氏はよく知られているように司馬遼太郎さんや沢山の日本人と親交があり、私の尊敬する人物のひとりである。

また私が上海に駐在していた折、台湾から上海に進出していた企業人とも知り合いそのバイタリティーに感心したことがある。

このような縁を感じる台湾が政治的な争いに怯まず豊かに繁栄していくことを念じている。

◉今日の一句

 

山の田に水番泥鰌髭幾つ

 

◉近くのホスピスの庭のグラジオラス

◉何時もの場所にムクドリの写真3枚を編集して掲示させて貰った。アプリのおかげで複数の写真を1枚にまとめることが出来るようになった。

 




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