以下の内容はhttps://kfujiiasa.hatenablog.com/entry/2025/06/08/065110より取得しました。


二歩家文書①馬関軍中日記⑯

5月31日の続き

文久3年(1863)6月9日

・若旦那様御鎧直垂(よろいひたたれ・鎧の下に着ける衣装)(藩主公より)御拝領になり御礼の儀を其の筋に聞き合わせて取り揃えるようにと今日から便りを以て萩の当役(とうやく・藩主側近で枢機に参画する家老職)衆まで申し出た。

・同件(若旦那様御拝領)に付いて、家来一同がお悦び申し上げるべく明日10日記帳仰せ付けること、朝五つ時(8時頃)御殿罷り出て記帳を済ませ御悦び申し上げるよう御触れになった。詳しくは触れ控えにあり略す。

6月10日

・若旦那様御拝領物御悦びの為今朝五つ時御殿に於いて御家来中記帳仰せ付けられた。

・御筆者(右筆・書記役)天野常祐御用向きで山口へ差し越された。

・御拝領御悦びとして御家来中へ御酒頂戴を仰せ付けられた。

・10日~11日にかけて、御拝領に伴い主だった厚狭毛利家臣に、下関出陣の褒賞が書付と金一封で成された。氏名理由金額等の記載あり詳細略

6月11日

・今朝五つ時前、上方よりイギリス船1艘が乗り下って来た、兼ねての通り所々から合図があり、五つ時若旦那様裏町本行寺迄出陣になり御指揮された処、汽船は長府の千珠(かんじゅ・島)満珠(まんじゅ・島)の間に繋船、ボートを以て近辺を測量する様子が見えた、互いに距離が隔たっていて双方砲発には及ばず、只様子見の内に長府藩より応接した様子の処、程なく上方方面へ出帆したと、使い役より注進(連絡・報告)があり、八つ半時(午後3時頃)解散が指示され(若旦那様は)七つ時(午後4時頃)御帰館された。

6月12日

・山県素兵衛(厚狭毛利家番頭(ばんがしら)・御用人)密用(秘密の業務)で萩への出張を仰せ付けられていたが今朝下関に帰り着いたと届け出があった。

・当今の時勢に付き御屋形中やその他でも甲冑下着を用いることは勝手次第、また身分ある者の礼儀の節には裃(かみしも)の代わりに鎧直垂(よろいひたたれ)を着用しても構わないとの御触れ出しがあったと萩表より申し来たったことについて御陣営中に触れ出した。内容詳細は触れ控えにあり略す。

(戦時中なので礼より実を優先した布告である)

🔘今日の一句

 

似合うかと風に問ひたし夏帽子

 

🔘健康公園の外周、我が物顔のヒメジョオン(姫女苑)とハルジオン(春紫苑)

ヒメジョオン

ハルジオン

 

 




以上の内容はhttps://kfujiiasa.hatenablog.com/entry/2025/06/08/065110より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14