産経新聞取材班7名共著「教科書が教えない楠木正成」産経新聞出版 刊を読み終えた。
この本は平成28年(2016)3月から同30年(2018)5月まで産経新聞に連載された記事を加筆修正、再編集したものとのことで、私も喫茶店などで産経新聞を手にとった際、何度か読ませて貰ったことがある。
楠木正成は鎌倉時代から室町時代への過渡期である南北朝時代に、後醍醐天皇に代表される南朝の忠臣として有名で悲劇の最期を遂げた。
戦前軍国主義教育のなかで「滅私奉公」の鑑として教科書にも載りもてはやされたが、この反動で戦後は人々の記憶から忘れ去られることが多くなった。
この本は戦前の反動で本来あるべき位置以上に表舞台から消された楠木正成の姿を再構築すべく、産経新聞がゆかりのある近畿地方各地を取材し、歴史家や郷土史家の意見も踏まえとりまとめたもので、産経新聞らしい取り組みである。
私はもとより「滅私奉公」「忠君愛国」などは遠慮したい方だが、歴史的事実としての楠木正成については興味があり、それは以下のようなことから私に非常な縁を感じさせる人物であることによる。
・小学生時代校門傍にあった図書館で手にした子供向け歴史本に「千早城の旗風」と云う今でも題名を覚えているものがあり、私を歴史好きに導いてくれた本のひとつである。
千早城は楠木正成が後醍醐天皇の要請を受け幕府の大軍を相手に戦った城で、大阪府と奈良県の境、金剛山にある。
・母親が時折口ずさんでいた記憶があるのが「大楠公・桜井の別れ」と云う唱歌で戦死を覚悟した正成が我が子の正行(まさつら)を帰郷させる顛末が唱われる。
♪︎♪︎青葉繁れる桜井の里のわたりの夕まぐれ~
・以前住んでいた大阪府八尾市は旧河内国に当たるが、河内国は楠木一族の地盤であり、正成の生誕地、所領、持ち城、更には息子の正行が戦死した四條畷(しじょうなわて)も全て河内国である。
・後醍醐天皇に反旗を翻した足利尊氏が九州から攻め上るのを防ぐべく正成は兵庫に赴くが、衆寡敵せず湊川で戦死する。これらは現在私が住む神戸市内に当たる。
・楠木一族と行動を共にした有力な武士団に和泉国(いずみのくに・大阪府)和田(にぎた)一族がいるが、私が八尾に住んでた折、ゴルフを共にしていたのが泉州堺に住む和田さんで、この和田一族にゆかりがあった。
🔘私が若い時分の日本史の世界では、楠木正成を含む一族は鎌倉幕府の統制からはみ出たいわゆる「悪党」集団と云うのが定説であったが、最近までの研究の進展で、「楠木氏は鎌倉の御家人で河内国の荘園に北条氏の代官として赴き、交通や商業を取り仕切ることで力を蓄え、御家人の枠をはみ出した」と考えられている。
🔘今日の一句
時化(しけ)海も斯くやと白き立浪草
🔘施設の庭のタツナミソウ(立浪草)、ヤバネススキの叢の中に咲いているのを施設の職員さんに教えられた。
細かな毛が密生している。それぞれの花が同じ方向を向き大きな波頭のように見えることから名前が付いたらしく初めての出会いである。
調べると夏の季語になっていて、今年の立夏は丁度今日、5月5日のようなので早速今日の一句で使わせて貰った。







🔘こどもの日・施設の玄関先の鯉のぼり


「教科書が教えない楠木正成」
