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二歩家文書①馬関軍中日記⑪/花山椒(はなさんしょう)

3月25日のブログ「馬関軍中日記⑩」の続き

文久3年(1863)5月24日

・若旦那様(馬関惣奉行・厚狭毛利家世嗣ぎ毛利宣次郎)深編笠(ふかあみがさ)にて各陣屋をご見分のためお出でになった。

・(異国船が来航した時の)合図の内容が変わったことが触れ出された。委細は触れ控えにある。

長府藩惣奉行・迫田伊勢之介殿交代になり後役・田代音門が出張になるとして使い役を以て申し上げられた。尚音門は病気で参上出来ず追って罷り出るとの使い役口上で引き取った。

長府藩主・毛利左京之亮様御到来の御酒(2月23日馬関軍中日記⑨参照)の内凡そ3斗を割り振り、本陣廻りに今夜下される。

5月25日

・旦那様(厚狭毛利家当主・毛利元教)謹慎中につき若旦那様よりご機嫌伺いのためお側使いの西田知作(厚狭毛利家臣)を遣わされた。

5月26日

・今朝五つ時(8時頃)下筋(九州方面)よりオランダ蒸気軍艦一艘が上方へ向け巌流島より少し内へ乗り込んだ処、長州藩軍艦2艘、所々の台場より砲発した。

長州側の砲弾数発は命中する中、彼よりの砲弾も地方(じかた)所々へ着弾、亀山神社へ2~3発打ち込まれ、南部町家は数々打ち破られ、前田お茶屋の杉木を打ち折り屋根を破り或いは鴨居練塀二重三重も打ち通し、或いは山を越して田中裏町辺りまで弾丸が落ちた。

庚申丸へは弾が横へ打ち抜かれ帆桁も打ち折られた。癸亥丸へは苫(とま・上部の覆い)、帆を打ち抜き綱が切れた。併し怪我人は船、地方共一切無い。

若旦那様にも砲声が聞こえ、直ぐ様御出馬、本陣の稲荷社から指揮をとられている内、長府侯の御使番・鈴木治人と申される方が御本陣にお見舞に来られた。間もなく御使番財満小太郎が入来して異国船の状況について注進された。

使番・三戸源四郎を派遣して檀ノ浦より船を出し田ノ浦沖へ乗り出したが最早異国船は逃げ延びて見えないとの注進であった。そのため兵糧等を仕舞い貝を立て引き払いを指示された。厚狭毛利家臣は井上金吾が引率、隊伍を乱さず帰陣した。

若旦那様は光明寺党が出張している前田御茶屋、庚申丸、癸亥丸等の御陣廻りにお出になった。御賞美として目録に御酒一挺、肴として鰹一籠が下された。

・現場の状況を萩へ報告のため伊藤壮右衛門に申し含め差し越された。

・縄田健七は大砲の音が厚狭にまで聞こえたので当役(とうやく・厚狭毛利家家老職)からのご機嫌伺いとして下関に着いた。即刻状況を報告のため厚狭へ帰ることとした。

《26日の砲撃の相手はオランダ東洋艦隊の軍艦・メデューサ号で、長崎から横浜への途中下関海峡に入った。オランダは23日のフランス艦への砲撃を知っていたが、他国と異なり江戸幕府との長い友好関係があり長崎奉行の許可証も持ち、幕府の水先案内人も乗艦していたため攻撃はされまいと思い下関海峡に至った。》

🔘今日の一句

 

かりんとの固き音して午後うらら

 

🔘施設の庭、山椒の花(花山椒)

庭の片隅に山椒が花をつけていると施設の職員さんに教えられた。目立たない花だが独特の山椒の香りがあり、春の季語になっている。




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