藤木久志 著「土一揆と城の戦国を行く」朝日新聞社 刊を読み終えた。
通常、 中世や戦国時代を学術的に研究したり、小説などで創作する場合、戦国大名や英雄豪傑の合戦や治世などいわば上層社会を中心にして表に出勝ちになる。
著者は日本中世史の専門家で代表作に「飢餓と戦争の戦国を行く」「雑兵たちの戦場」などがあるように、民衆や雑兵足軽のいわば一般社会の視点で戦国の実態を追求することを得意分野のひとつとされている。
この本もその延長線上にあり、現在世界各地で起こっている戦争や内戦で発生する難民の悲惨さを、戦国の日本に置き換えてこれまでの通説にとらわれず社会の底辺から見ていこうとしている。
この本のキーになる幾つかを挙げると以下のようになる。
・戦国時代の幕開けを告げる土一揆(つちいっき・徳政一揆)一向一揆などは、気象災害情報の分析から凶作と飢饉が生んだ飢餓が多くの引き金になっていて、これらは必ずしも統制が取れたものだけでなく餓死か一揆かの選択を迫られた暴力性を持ったものであった。
・土一揆は応仁の乱で一旦消滅し乱後に再び勃発すると云うのが通説だが、実際は首都の戦場に潜り込んだ土一揆の流民たちが東西両軍の雑兵=足軽として雇われ公然と家財の略奪や人さらいを行った。
雇った側は足軽にまともな食糧や給与を支払う力がなくその代わりに略奪を公然と認めた。すなわち土一揆は消滅したのではなく姿を変えた。
領主の勢力の境界にある戦場となる村は、しばしば麦や稲の収穫時期を狙って繰り返し狼藉、乱取(略奪)、苅田の被害に合い飢餓に陥る。
乱取りのひとつが敵方のものを生け捕る奴隷狩りで広く行われ、分配して奴隷にしたり売り渡された。
乱取りは表面上禁止される場合も多いが雑兵の士気を高める為ときに公認された。
・戦国の村では自衛の為の武力を持つのが一般的で村同士の山争い、水争いで発揮されたり、たとえ相手が武装した集団でも例えば落人であれば身ぐるみ剥ぐことを常とした。
・苛酷な内戦の被害を逃れる為、村人たちはある時は自らも城(砦?)を作って大名の軍隊に抵抗し、村の山や海の島に逃げ籠りあるときは近くの領主の城さえも村の避難所に開放させた。
🔘今日の一句
山の田に水待ち兼ねて蛙(かわず)鳴く





「土一揆と城の戦国を行く」
