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二歩家文書①馬関軍中日記⑩

2月23日のブログ「馬関軍中日記⑨」の続き

文久3年(1863)5月23日

・今暁七つ半時(朝5時頃)長府前ノ嶋沖で異国船のような船を見受けたものの未明で見極めが難しいと、迫田伊勢之介(長府藩手当総奉行)より使い役を以て知らせがあり、引き続き同人より異国船に相違ないと知らせがあった。

即刻合図の砲発を指示され、お先手衆は観音崎専念寺へ出陣、若旦那様(厚狭毛利家世嗣ぎ・宣次郎)は人数を召し連れ、細江光明寺まで御出馬された。

異国船へ、長府、前田、杉谷、檀ノ浦、亀山等の台場(砲台)、庚申(こうしん)丸、癸亥(きがい)丸(各々長州藩軍艦)より数々発砲し、たしかに5~6発は命中火災を起こした。

杉谷よりの弾丸が(異国船の)蒸気機関に当たり、にわかに船は止まり帆を揚げて下筋(九州方面)へ逃げ走った。檀ノ浦、亀山からも命中したとのこと。癸亥丸、庚申丸が追跡し(門司)大里沖でバッテーラ(ボート)一艘を癸亥丸が分取りした。(ボートの)釣り具を打ち損じたものと思われる。

船にも損傷が有り、破損した材木類などを拾い取るよう長府藩へも通達した。

最早(異国船は)敗走したので法螺貝の合図で人数引き払いご機嫌よく御凱陣された。家来中にも差し障り無く万端都合よく目出度い。

<付>(日記のなかに付りとして記されたもの)

異国船からも大砲2発が打たれ一発は癸亥丸と庚申丸の間へ落ち、もう一発は岩に当たり岩が砕けて町人の腕を折ったと知らせがあった。

・(若旦那様が)光明寺陣屋にて指揮されている内に、庚申丸へ乗り組まれていた中山(忠光)侍従卿がお帰りになったので、探索連中(光明寺党)も併せて若旦那様がお会いになった。また同所より(状況報告の為)山口に使役・三戸源四郎(厚狭毛利家臣)を飛脚として委細を言い含め出立させられた。

<中山忠光については2023年8月19日のこのブログで「中山忠光の暗殺事件」として書いたことがある>

・今暁の次第を、萩、厚狭へと飛脚として厚狭毛利家臣を遣わした。

・今七つ時(午後4時頃)大砲の音三、四発が聞こえ寺社において二つ切り鐘(非常時の知らせ、カンカン、カンカン、ーーー)の合図があった。御手元役・来嶋又兵衛罷り出て、近辺の寺社に二つ切り鐘を打つように指示したことを申し出た。

御一手の人数が教練場へ揃い(若旦那様)御出馬される状況で、長府藩より使役を以て庚申丸より砲発があったが異国船は見えないとの注進があった。

使役を以て聞きただしたところ、庚申丸からの砲発に間違いなく、勝手な砲発はかねてから取り決めた合図に関わり、御一手人数が揃うまでに立ち至り甚だ相済まない次第であり、糺明の使者を派遣した。

また今回不手際があったが、以後合図があった場合でも遅参なく揃うよう頭分に申し渡し解散させた。

この経過の趣を厚狭、萩へ飛脚を以て知らせた。

🔘この時の異国船はフランス軍艦・キャンシャン号で、5月10日に砲撃されたアメリカ商船・ぺンブローク号が被弾後上海に向かった為、事情が全く分からないまま下関海峡に至り攻撃を受けたものでこの後長崎へ入港する。

🔘異国船と砲撃戦を実行するという極限の緊張状況のなかで、予期せぬ混乱手違いも生じている様子がよく分かる。

🔘今日の一句

 

「椰子の実」を歌ひて探す磯遊び

 

磯遊び貝の穴には塩入れて

 

🔘健康公園のツバキ(椿)




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