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鶏頭の十四五本もありぬべし/「坂の上の雲」

NHK TVで再放送されていた司馬遼太郎原作のスペシャルドラマ「坂の上の雲」が終わってしまった。

元々2009年11月から2011年12月まで1回90分を13回放送されたものを再放送に当たり1回45分36回に再編集したものである。

云うまでもなく四国の伊予松山に生まれた、陸軍軍人・秋山好古と海軍軍人・真之の兄弟と俳人正岡子規の3人を主人公に明治の青春と国家の勃興を描いたものである。

「誠に小さな国が開化期を迎えようとしている。」

「彼らは明治と云う時代人の体質で前をのみ見つめながら歩く。登って行く坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲が輝いているとすればそれのみを見つめて坂を登って行くであろう」

原作にもある番組冒頭の毎回のナレーションでこのドラマが簡潔に表現される。

坂の上の雲」に関してはこのブログで何回も触れているのでここに書くつもりはなかったが、最終回の録画の一場面をみて気が変わり、つい書いてしまうことになった。

最終回は日本海海戦の勝利、日露ポーツマス条約締結などを経て、秋山真之が親友であった正岡子規の墓に参る場面があり、その過程で東京根岸の子規が暮らした家・子規庵の描写が出てくる。

画面のその庭には真っ赤な鶏頭が10数本見事に咲いていて「はっ」と思ってしまった。

と云うのも2年前から俳句サークルに入れて貰い勉強しているが、その中で正岡子規が病床で詠んだ有名な句に以下の句があるのを知っていたからに他ならない。

 

鶏頭の十四五本もありぬべし

 

気になって原作を読み返すと、秋山真之正岡子規の死の3年後の10月に墓参りしたことになっており、季節的には丁度、鶏頭の花と符合するが、原作には子規の家内の鶏頭の描写はない。

すなわち庭に鶏頭の花を配したのはドラマの関係者の考証の結果であり、このドラマが周到に一場面も疎かにせず作られたものであるかを、この最終回でまざまざと知らされた気がし、スペシャルと銘打ったのもわかるような気がした。

元々司馬遼太郎さんはこの「坂の上の雲」の映像化は難しいと考えていて、NHKからの申し出を断ったが繰り返しの説得でついに了解したとのエピソードがある。

CG と実写を組み合わせた戦闘場面の迫力も素晴らしいが、このような細部までの心配りと演出が、原作に負けないドラマの仕上がりに繋がっているように思われ、多分このドラマはNHK の財産になるに違いない。

🔘今日の二句

 

我も亦(また)昭和の子なり菜種花

 

菜の花の彼方にのたり茅渟(ちぬ)の海

 

🔘園芸サークルの畑、アブラナ(菜の花)

 




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