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映画「ドクトル・ジバゴ」

NHK BS で放送された1965年の米、英、伊の合作映画「ドクトル・ジバゴ」を観終わった。序曲(OVERTURE)に始まり休憩(INTERMISSION)間奏曲(ENTR'ACTE)まである200分の大作である。

原作は云うまでもないがノーベル文学賞を受賞したロシアのボリス・パステルナーク、監督は何れも記憶に残る大作「アラビアのロレンス」「戦場にかける橋」の英国デヴィッド・リーン、音楽は「アラビアのロレンス」や「史上最大の作戦」で感動させて貰った仏国モーリス・ジャールで、劇中に流れる「ラーラのテーマ」はYouTube でも聴けて、音楽に疎い私でも響くものがある。

出演は私の知っている範囲で挙げると、詩人で医者のジバゴをオマー・シャリフ、ジバゴが愛することになる二人、ラーラをジュリー・クリスティ、トーニャをジェラルディン・チャップリン、他にアレック・ギネスロッド・スタイガーなどが脇を固めている。

19世紀末~20世紀初頭のロシアが舞台で、この時期のロシアが遭遇した、帝政での第一次大戦参戦、革命と引き続く内戦を横軸の背景にして、縦軸にこの混乱を生き抜いた主人公ジバゴと彼が愛した二人の女性、ラーラとトーニャの物語が展開する。

愛の物語は映画や小説を見て貰うこととして、私はこの映画を観る前後で丁度第一次大戦に関する本を読んでいたこともあり、映画に描かれていた横軸に非常に興味をおぼえた。

特に社会主義革命の過程で起こった混乱や問題点、

・行き過ぎた粛清

・末端組織の横暴

・混乱や非情さを生む内戦

なども赤裸々に描かれ映画を観ながらロシアやソ連邦の歴史に想いを馳せる気持ちになった。

良く知られているようにパステルナークの「ドクトル・ジバゴ」は、ソ連では出版できず1957年イタリアで出版されたのを皮切りに世界で出版され、1958年ノーベル文学賞が与えられることになった。

しかしソ連政府は革命の内実が描かれていることに不満で受賞辞退を迫り、パステルナークは一旦辞退したものの、ノーベル賞委員会は一方的に賞を送り公式に受賞者に名を連ねている。

映画を観てこのノーベル文学賞のエピソードが充分腑に落ちた。

映画の終盤、迫る危険を避けてラーラが極東(シベリア方面)に逃れるシーンがあるが、当時日本は1918年~22年の間、第一次大戦の連合国と共にロシア革命に対する干渉を目的に、シベリアに7万人強の兵力で実りのない出兵をしていて、この負の歴史を思い出すことになった。

🔘今日の一句

 

鳥雲に千里を渡る北帰行(ほっきこう)

 

🔘施設の庭、毎年この時期にひっそり片隅に出て来る寒アヤメ(寒菖蒲)

 

 




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