住んでいる施設の映画会で1948年のイタリア映画「自転車泥棒」の上映があり参加した。
映画雑誌・キネマ旬報などで世評が高いことを知っていたが、観るのは初めてで監督がソフィア・ローレン主演の「ひまわり」と同じヴィットリオ・デ・シーカ監督であることも字幕で知った。
イタリア映画は一時期マカロニ・ウエスタンに馴染んだくらいなので、映画のキャストには皆初めての出会いになるが、主人公・アントニオの息子・ブルーノを演じている子役(エンツォ・スタヨーラという名前らしい)の演技がその場面々々にふさわしい何とも云えない表情で大人顔負けの効果を出している。
第二次大戦後の不況にあえぐローマが舞台で、長い失業の末役所のポスター貼りの仕事を得た男・アントニオが主人公、以下少しネタバレになるが。
ポスター貼りには自転車が必要で長い間質屋に預けた自転車を妻の工面で請け出し、仕事に出掛けるがその最中に自転車を盗まれる。
翌日の日曜日、友人や息子の協力を得て必死に探し回るが見つからず、ようやく犯人とおぼしき若者と遭遇するが証拠もなく遂に退散する羽目に。
息子への八つ当たり、その機嫌取りで入ったレストランで感じた肩身の狭さ、明日の仕事を失う不安等々で、主人公が徐々に理性を失っていく様子がひとつひとつのエピソード描写から画面を見ているこちらにひしひしと伝わって来る。
途中からこれは主人公が自転車を盗むことになるのではと懸念していたら、案の定徐々にそのことを想像させる場面描写が増えていき、遂に隙を見て盗んで走りだすが大勢の人びとに捕まってしまう。
自転車の持ち主はその場にいた息子・ブルーノが泣きながら父親にすがり付く様子を見て「もういい見逃してやる」と伝え親子が家路に向かうところでFineの字幕が出る。
🔘この映画は辛い場面続きで、正直云って途中から観ている自分自身が息苦しくなって来る。
然し何故かわからないが終わってしばらくして振り返ってみると主人公や家族はきっと立ち直るのではないかと思えるようになって来た。
それは画面に都度顔を出す家族のきずな、友人の支え、主人公の生きることへの一途さなどが画面を通して観てとれたせいかも知れず、この辺りに古い映画ながら専門家などに高い評価を受ける理由があるのだろうか。
🔘今日の一句
冬の瀬戸墨絵描いて潮走る





