緒方貞子著「満州事変/政策の形成過程」岩波現代文庫(434ページ)を3日間かけてじっくり読ませて貰った。

引っ越しを機に蔵書を処分して以来、本は図書館で借りることを原則にしているが、11月1日のこのブログに書いたように、国連難民高等弁務官などを歴任された緒方貞子さんの「聞書き 緒方貞子回顧録」を読んで、緒方さんが若い時分に満州事変のことを書かれたことがあることを知り、例外として書店に注文して入手した本である。
まえがきによるとこの研究は1963年カリフォルニア大学バークレー校に提出した博士論文がベースになっているようで、特に活用された多数の資料の中でも、事変の直接当事者のひとり片倉衷(かたくらただし)関東軍参謀とそれまで門外不出で彼が記録した「満州事変機密政略日誌」との出会いが、この研究を傑出したものにしたひとつの要素のようである。
昭和6年(1931)勃発した満州事変は、日本が太平洋戦争へと至るいわば出発点とも云えるもので、現在の中国東北地方・満州を巡り日中両国が軍事衝突を経て、日本が実権を握る満州国建国へと繋がった一連の事件であり、これを計画実行した中心は日本陸軍の在満部隊(関東軍)である。
私も若い頃から門外漢ながら興味があり関連する本も色々読んできたが、この本を読み終えてみてその内容の充実と論旨は他を圧していると思い、巻末の解説者である日本政治外交史が専門の酒井哲哉氏が書かれている以下の言葉が腑に落ちる。
「満州事変について最初に読むべき本を一冊あげて下さい」と聞かれたら、私はためらわず本書の名前をあげるだろう。
本の内容は当時の国内外の社会情勢を含む事変の背景、実際の事変の展開推移、事変による国内政治などへの影響、事変後の外交政策転換、など多岐に渡り詳細に論じられるが、字数もありここでは私がなる程と得心した一例のみ書いておきたい。
事変の勃発から満州国建国までの経緯はほとんどを関東軍幕僚の手で行われ、政府は勿論陸軍中央部の統制も特に軍事行動を除く政策面では著しく無力であり、昭和陸軍の負の見本のように云われる。
その理由を著者は以下の3点に要約して説明する。
・関東軍は種々の政治謀略を行い得る立場にあり、その機密を要する性格上遠い東京からの指示は不可能だった。
・政府及び軍首脳部が何ら効果的な解決策を保有していなかった。
・関東軍と中央との見解の相違は方法論の範囲内であり、最終的な目標は日本の満州に於ける権益の維持拡張にあることで一致していた。
🔘著者の緒方貞子さんは国連難民高等弁務官時代、難民救済で必要ならば例え軍への協力要請も厭わない、いわば実利主義行動主義を率先実行され世界の尊敬を集めたが、その経歴の出発点が戦前を対象にした日本外交史の研究者であったことに驚いた。
然し考えてみるとこの時期の日本の政治外交を研究することは、国際的な活動を進める上で格好の教材を手に入れておられたのだと思われてならない。
歴史を学びその中の時代を超えて普遍的なものを生かしていくことの大切さ「無用の用」を、この本を読み終えて今さらながら教えられたような気がしている。
🔘今日の一句
メルアドを渡して共に蕪汁
🔘ベランダからおよそ5~6km先の垂水沖を通過する船シリーズ。
西行きのトヨフジ海運(トヨタグループ)の自動車運搬船、船腹のドルフィンマークが特徴でトヨタ車を国内航送している。

東行きのLNG(液化天然ガス)タンカー(船籍不明)、近辺では大阪府の堺と泉北に関西電力と大阪ガスのLNG基地があり、舳先の向きから見てもこのどちらかに向かっていると思われる。
