藤井淑禎(ふじいひでただ)著「清張ミステリーと昭和三十年代」文春新書刊 を読み終えた。
著者の専門は日本の近現代文学とのことだが、日本の現代文学に特異な地位を占める松本清張について、その本流であるミステリー・推理小説の分野に絞り、日本の高度成長期である昭和三十年代の世相とも絡めて論じたものである。
私も若い頃一度どっぷり嵌まってしまった松本清張さんの作品には、常に社会派という言葉が付いて廻り、辛酸と苦渋を経験してきた清張さんならではの、社会の格差やゆがみに対する批判が行間に溢れていたように感じていた。
一方私もそのただなかを歩んで来た高度経済成長期は、一般に戦後の混乱期を抜けた昭和30年(1955)~石油危機で終焉を迎える昭和48年(1973)頃までを云う。
振り返ってみてもこの時期はあらゆる面で日本社会が変貌した時代で、例えば石炭から石油へのエネルギー転換など、社会の大きな混乱を長期にわたり伴ったことが自分自身の記憶に残っている。
この色々な社会変動に清張さんの眼が向き、膨大な作品に仕上がってゆくのだが、著者は特に昭和三十年代の世相を具体的な七章に分けて、それが清張作品にどのように投影されているかを論じていく。
その一つを挙げると、第一章「映画館の見える風景―『砂の器』」で、当時地方の街で目につく建物と言えば映画館がそのひとつで、全人口一人当たり年間12回程度映画を観ていたとのデータがある。
清張さんの代表作「砂の器」はこの映画館が手の込んだトリックのひとつに使われ読者をキリキリ舞いさせる。
全国の映画館の数は昭和35年7457館でピークを迎え昭和50年2443館、平成7年1776館という統計になるらしい。
私のふるさと厚狭には過去映画館が3館有ったが昭和51年までに全て閉館した。この懐かしく思い入れのある3館のことはこのブログの2021年4月に3回に分けて書いた。
確かに昭和の一時代、映画館は街のランドマークの役割も果たしていたような気がする。。
懐かしい松本清張推理小説とふるさとの映画館など若い頃の色々な思い出が交錯去来する本である。
🔘今日の一句
冬の蝶孤独晒して空に消ゆ
🔘健康公園周辺の晩秋、紅葉の名所には及ばないが随所に季節が感じられる。















