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『「坂の上の雲」のミリタリー談義』

10月26日のこのブログで、NHK で再放送されている司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」の関連を書いたので、また表題に「坂の上の雲」と書くのは気が引けるのだが。

然し月刊誌・文藝春秋最新の11月号で「『坂の上の雲」のミリタリー談義』と名付けた対談記事に出会ってしまい、ついついまた「坂の上の雲」に関係したことを書く羽目になってしまった。

この対談は朝日新聞記者・太田啓之(おおたひろゆき)氏と軍事評論家で現在東大先端科学技術センター准教授でロシアの安全保障政策や軍事政策が専門の小泉悠(こいずみゆう)氏が「坂の上の雲」の原作やNHKドラマの内、特に軍事内容を重点に語り合うものである。

(小泉氏はロシアのウクライナ侵攻以降、頻繁にTV 解説でその軍事オタクぶりを証明して見せている)

広範囲に渡る記事のなかで、1968年~72年にかけて産経新聞の連載で司馬遼太郎が描いた内容と、1980年代にようやく日の目を見た資料を元にした実際の日露戦争の戦闘は、海陸ともかなり違っていることが説明されている。

ここでは特に旅順要塞の攻略責任者であった乃木将軍について「乃木は本当に愚将だったのか」という章で語られた内容を整理しておきたい。

その前提になる司馬さんの原作のなかでは、旅順陥落のキーになる203高地攻略が難航したのは乃木と参謀長・伊地知幸介が無能だったという描き方になっているが、新たな資料などを踏まえた二人の見解は以下の通り。

・乃木はいくつかの判断ミスは犯したものの、全体としては戦訓に学んで作戦を改善していく柔軟な知性を持ち、決断力に富む良将であった。

・そもそも旅順のような近代要塞は簡単には陥落しない。それに加えて陸軍の準備していた砲弾が圧倒的に不足していた。誰が担当しても大変なミッションであった。

・猛砲撃のあと歩兵が突撃する強襲戦法をとるがそれが失敗すると、乃木は時間はかかっても地道に塹壕を掘って接近し、十分に支援砲撃したあとに歩兵が進撃する正攻法を取る。この乃木の決断なしには旅順要塞は攻略出来なかった。

・第一回の旅順総攻撃で日本軍は15860人もの死傷者を出して大敗北を喫するが、そんな中でも兵の士気を衰えさせなかった。これだけで乃木は十分すごいと思う。

🔘以前このブログで触れたことがあるが、乃木将軍は長州人で、私のふるさと厚狭に近い長府(ちょうふ)の出身である。周知のように司馬さんは乃木を大筋で愚将として描き、その見方がかなり世間に浸透してしまっているなか、同郷人を擁護する見方を論じて貰い感謝している。

🔘今日の一句

 

海賊の島の蜜柑は潮香して

施設の入居者の方から瀬戸内因島産の蜜柑を頂いたことを詠んだ。

 

🔘施設の庭、ガイラルディア(天人菊)




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