司馬遼太郎全集に収録されている随筆のなかに、昭和43年の産経新聞に掲載されたという故子母沢寛さんの「人」と「作品」という短いエッセイが収録されている。
のっけから余談で申し訳ないが、勝新太郎やビートたけしが映画で主演した「座頭市」はもともと子母沢寛さんの短編小説「座頭市物語」がベースになっている。
子母沢寛さんの作品には私も随分お世話になったが、その作品は大きく分けて三つの流れがあり
・「父子鷹」「おとこ鷹」などの勝海舟とその父・勝小吉を主人公にしたもの
・やくざや渡世人を扱った股旅ものや時代小説
だが、何といっても私が特筆したいのが「新選組三部作」なかでもデビュー作でもある「新選組始末記」で、従来の「鞍馬天狗」などの映画で定着していた、勤皇の志士を斬殺する悪役イメージを覆すはしりとなったもので、未だ新選組の生き残りや関係者に辛うじて話が聞くことが出来た最後の時期に、作者が足で稼いだ事実の積み上げが読むものに迫って来る作品である。
司馬さんはこのエッセイのなかで自分と同じ新聞記者出身の子母沢寛さんの、文壇に属さず文体まで独自性を持った生き方を「この人の場合その作品だけでなく人生そのものが一個の異業種だったように思える」と書いている。
特に私が共感するのが先の「新選組始末記」のことを書いたくだりで、以下のように書かれている。
『このようにして「新選組始末記」ができた。この著述は小説ではなく、新選組という歴史的存在を足で取材したもので、ちょうど柳田国男の民俗学の方法に似ている。口碑は口碑として採集し、伝説は伝説として採集し、それを一種の科学的平明さで構成した点、そういう態度という点からみてもいまにいたるまで類書がない』
司馬さんには新選組を扱った小説に世評の高い「新選組血風録」と「燃えよ剣」があるが、これ等も「新選組始末記」の恩恵を受けていることは間違いない。
余談ながら私が子供の頃、故郷・長州の勤皇志士を斬殺する新選組副長・鬼の土方歳三のよみは「ひじかたさいぞう」であったが、子母沢寛、司馬遼太郎両氏の調査等もあり正しくは「ひじかたとしぞう」であることがわかり、現在はどのような場面でも「としぞう」が使われている。
🔘今日の一句
朝ぼらけ風に乗り来る秋の声
🔘施設の庭の片隅、野菊の仲間ノコンギク(野紺菊)
シジミチョウが蜜を集めに




