「「日本スゴイ」の時代 カジュアル化するナショナリズム」を読んだ。タイトル通り、ここ20年ほど浮世に流行る夜郎自大な言説を収集して紹介してくれる本。本は新書で著者はアカデミズムの人ではないので、この「日本スゴイ」現象がなぜ起きたのかという原因について深く切り込んでいるわけではないけれども、ともあれこの本で次々と紹介される事例を読んでいると、もうこの社会はダメですよ、という気持ちになる。ってか、本書では、経産省が「日本スゴイ」という空気醸成をしていたことが紹介されているのだが、その中で、審議会を進めるための資料の中に「ロジカルな整理方法は日本的ではない」としている、という旨が書いてあるという話が出てくるのである。先日読んだ大岡センセの本に、やまとことばは情緒の言葉で、論理をになうのは漢文部分、という話があったが、それと同じこと言ってるじゃん!と思ってビックリした。ってか、そんなことを、この巨大な国を動かしている中心組織の経産省の人が言ったらダメでしょ。情緒なんてのは顔見知りだけで構成されている社会を動かすために特化したツールじゃないですか。それを1億2000万の民を統べるのに使うってアホかアホかアホか、と思いました。