FM COCOLO CIAO 765 毎週月曜、11時台半ばのCIAO CINEMA 3月23日放送分
映画『私がビーバーになる時』短評のDJ'sカット版です。

ディズニー傘下のピクサー・スタジオが手掛ける本作のオリジナルタイトルは、Hoppers。ホップというのは、人間の意識を動物のロボットに転送する技術のこと。これを使えば、動物になりきって本物の動物と話もできます。大切な森を開発から守るために立ち上がった女子大生のメイベルは、ビーバーになりきり、動物たちの世界へと潜入。驚きの作戦を仕掛けるのですが、それが思わぬ事態を招くことに。
監督は、『インサイド・ヘッド』でストーリーボードを担当していたダニエル・チョン。脚本は、『あの夏のルカ』で原案と脚本を務めたジェシー・アンドリューズ。主人公の日系アメリカ人メイベルの声を、吹き替え版では芳根京子が演じています。
僕は先週木曜の夜、MOVIX京都のドルビーシネマで吹き替え版を鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

人間社会の一方的な都合で、大規模な開発を続けて自然を破壊してしまう。それによって動物たちの生息域が狭くなってしまう。腹に据えかねた動物たちによるしっぺ返しが始まり、お灸をすえられる人間たち。こんな大枠はダニエル・チョン監督が公言している通り、高畑勲監督の名作『平成狸合戦ぽんぽこ』からの影響です。
ぽんぽこでは、狸が人間に化けて社会に潜り込んでいたのに対し、この作品では人間がビーバーになりきって動物の世界に潜入するという反対のベクトルになっています。あの大学の研究室で密かに研究されていたという転送装置と、マッドサイエンティストなのかという大学の生物学の教授。まるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という雰囲気でしたね。作り手も意識していたでしょう。え? なに、そのホップって技術。なんにでも猪突猛進まっしぐらな性格のメイベルが黙って落ち着いているはずなんてありません。当然のように意識転送ドーン! 勢いまかせの若者と、志に共感をしながらもちょっと待ったとブレーキをかけて制御しようとする教授たち。つまりは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の女性版という感じですが、飛び越えるのは時間ではなく、生物の種と言語ですね。この作品の仕掛けの部分でユニークなのは、人間の意識が動物型ロボットに入ると、動物の描写が変わることです。人間の目を通して動物を見ていると、動物たちの目は小さめで、鳴き声はただの鳴き声。それが、意識転送してビーバーの目を通してみると、動物たちの目は大きくパッチリ、漫画的な表現になり、言葉もわかるようになります。「ぽんぽこ」でも、狸の見た目は、写実的なものとアニメ的デフォルメをシーンによって入れ替えていましたし、狸たちは人間に化けた時だけ人間の言語を使いこなせるとしていた設定を、この作品はうまく応用しています。

もちろん、こうした物語内のルールというのは、ご都合主義的なものですよ。だいたい、動物の言語がなぜひとつなんだという問題はあります。ビーバーも鹿も熊もネズミも、いやいや、哺乳類だけじゃなく、魚も鳥も虫も両生類も爬虫類もと、すべて同じ言葉を話すんですから。ただ、その雑な括りはご愛嬌です。むしろ、「動物語」みたいにまとめることで物語上得られるメリットが大きいから、わざとこうしてフィクショナルにしてあるわけですね。
かと思えば、動物たちのあの森における食物連鎖の残酷な事実はちゃんと描くんですよね。さっきまでのほほんと生きてメイベルが入ったビーバーと会話していた生き物が、目の前であっさりペロッと食物連鎖ピラミッドの上位動物に食べられてしまうという、あのカラッとドライかつ爽やかですらあるほどの死の表現は、子供向けのアニメとしてはかなり珍しいですよね。ここをちゃんと描くことで、この物語のメッセージの柱のひとつである生態系のバランス、多様性、共存の輪郭はよりくっきりします。残酷な捕食行為も、食物連鎖の中では致し方ないことであり、その大きなサイクルのどこかが欠けてしまうと、生態系のバランスがおかしくなってしまうわけだから、食べたきゃ食べる。それが野生の掟であるってことですね。

野生の掟ということで言えば、『ライオン・キング』のように百獣の王が森を仕切っていそうなものなのに、そうでないところが、あの森は面白かったし、木をかじってかじって運んで、ダムを作る習性からビーバーが一目置かれているのは説得力がありました。ビーバーが森に一匹戻れば、木を積み上げて川をせき止めて池を作ることで再生が始まる。様々な動植物が共存共栄できるような生命の池というのは、シンボリックでアニメ的にもわかりやすいですから。

そう、池が大切。あの池は森の命の源であると同時に、メイベルにとっても、生物学への興味の源であり、何かあればいつも手を差し伸べてくれたおばあちゃんとの絆が生まれた大切な場所であるということを観客に示すプロローグ部分がすばらしいので、これから鑑賞する方は冒頭こそ気を抜かないようにどうぞ。あの手際の良さは、『カールじいさんの空飛ぶ家』のプロローグばりです。時間の流れの見せ方、メイベルの性格が昔から一途で頑固なことをあれだけの短時間に凝縮させるなんて!
その池をめぐるメイベルとジェリー市長の戦いが勃発することで物語が始まるわけですが、ジェリー市長を単なる悪役にしていないところもポイントです。彼が推し進める高速道路の計画にも一応の利があること、母親を思いやり、料理を作ってあげる男性であることは、これまでの悪役像とは違います。すると、今度は意外なところから別のヒールが登場、なんならメイベルだって視点を変えればヒールじゃないかというようにスライドしていくのもユニークでしたね。

とにかく、この映画は、メイベルの勢いそのままに、フルスロットルで駆け抜けます。ギャグも釣瓶打ち。そうそう、まさかのカーチェイスとか、まさかまさかのサメの登場とか、もうね、意識転送装置や動物たちの共通言語みたいなSF設定もぶっ飛ぶエスカレートぶりで、僕は腹を抱えて笑ってしまいました。とまぁ、こんな風にサメ映画まで含めた映画オマージュも、ピクサー印のイースターエッグ(隠しアイテム)も点在させながら生命倫理にもずかずか踏み込んでいく、正直、かなり尖ったピクサー作品だと思います。メイベル同様、優等生な映画じゃないです。でも、だからこそ、ハマる人にはより深く刺さるはず。対立するだけでなく、議論のテーブルにつき、相手の立場にも立ってみることで打開策は見いだせるものだというメッセージは、自然保護だけでなく、他者と共存すること、分断を乗り越えることへのヒントを提示していました。命のサイクルという話もしましたが、建設が予定されていたのが単なる高速道路ではなく、街をぐるりと取り囲む環状道路、つまりは円であることもシンボリックだったような気がします。
『ズートピア』の1を見た時のような新鮮さもあったし、続編が多くなりがちな中、オリジナルでこのクオリティというのは、思わぬ伏兵が大活躍という印象で、ピクサーの底力はこういうところにあるのだと感じます。邦題だけがちと収まり悪いけれど…
うまく物語ともリンクして、吹き替え版でも歌詞が字幕に出ていたのが、SZAのこのエンドソングでした。

さ〜て、次回3月30日、今年度最後に評する作品を決めるべく、おみくじで僕が引き当てたのは、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』です。原作も話題となっているSF大作ですね。ライアン・ゴズリングと短評で向き合うのは結構久しぶりな気がする。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!

![平成狸合戦ぽんぽこ [DVD] 平成狸合戦ぽんぽこ [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/61D9ybNSPXL._SL500_.jpg)
